2018年12月22日土曜日

メアリーの総て

小雨降る冬至の午後、クリスマス前の大通りは着飾った人たちで一杯。シネスイッチ銀座ハイファ・アル=マンスール監督作品『メアリーの総て』を鑑賞しました。

19世紀初頭のロンドン。アナキストの書店主ウィリアム・ゴドウィンスティーヴン・ディレイン)の娘メアリー(エル・ファニング)は夢想的なゴス少女。ホラー小説を書き、墓地で過ごすのが好きな16歳。

フェミニズムのアクティヴィストだった母親はメアリーの出産時に死亡。継母との折り合いが悪く、スコットランドに住む父の友人に預けられる。その邸宅で開かれたポエトリーリーディングで気鋭の詩人、21歳のパーシー・シェリーダグラス・ブース)と出会い、おたがいひと目で恋に落ちる。

フランケンシュタイン或いは現代のプロメテウス』の作者メアリー・シェリーを主人公にした史実に基づくフィクション。重厚なコスチュームプレイをサウジアラビア初の女性映画監督が静謐で精妙な筆致で描く。感触としてはジェーン・カンピオンのフィルムに近いです。

タイトルバックの滝や渓流のスローモーションがその後のメアリーの奔流に巻かれるような人生を象徴している。夜のシーンが多いのと昼間でもほとんどの日が雨か曇り。実際この時期の欧州は火山灰の影響で寒冷化し、飢饉に見舞われた。スクリーンの物理的な暗さにエル・ファニングの瞳のブルーグレイが一層際立ち美しい。

コールリッジ、シェリー、バイロン。実在の詩人たちの粗野で淫蕩でインモラルな日々。バイセクシャルとして描かれたバイロン卿(トム・スターリッジ)のクズっぷりは特に振り切れており、むしろ清々しいほど。詩人=ダメンズというスレテオタイプは19世紀ロマン派がその極みだったのだなあ、と思いました。が、バイロンもシェリーも最後の最後に文学に対してだけは誠実さを見せるのが救いです。

 

2018年12月16日日曜日

くるみ割り人形と秘密の王国

師走の日曜日のショッピングモールは家族連れやカップルや同級生で大賑わい。ユナイテッドシネマ豊洲ラッセ・ハルストレムジョー・ジョンストン監督作品『くるみ割り人形と秘密の王国』を観ました。

舞台は20世紀初頭(?)のロンドン。母親を亡くして初めてのクリスマスを迎えるシュタールバウム家の二女一男。次女のクララ(マッケンジー・フォイ)は屋根裏部屋でピタゴラ装置を自作するリケジョ。

伯父ドロッセルマイヤー卿(モーガン・フリーマン)のパーティで引き当てた母の形見の卵型のジュエリーボックスを開くピンタンブラー錠の鍵を奪ったネズミを追いかけて並行世界へ迷い込んでしまう。

チャイコフスキーのバレエ『くるみ割り人形』(原作E.T.A.ホフマン)とは主人公の家族親族の設定が同じだけで全く別のストーリーです。サウンドトラックはチャイコフスキーを引用したジェームズ・ニュートン・ハワードのオリジナルスコアと言っていいと思います。原曲にはないピアノ演奏は『のだめカンタービレ』の吹き替えでお馴染みラン・ラン。また開始15分程で「花のワルツ」が流れます。

とはいえディズニー映画ですから、スケールが大きく、セットや衣装がゴージャス、ジョー・ジョンストンの手掛けるVFXやアクションも派手で飽きさせない。まあ元々の『くるみ割り人形』自体、ダンスありきの割とどうでもいいストーリーですから問題ないです。

スウェーデン出身のハルストレム監督はハリウッドの巨匠がすっかり板につきました。『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』(1986)以降ずっと「母親の不在と子供の成長」というテーマに取り組んでいますが、今回もブレません。本作で描かれる並行世界は亡き母の妄想によって築かれている。

主人公クララを演じるマッケンジー・フォイは『インターステラー』の子役。いい感じに仕上がっています。赤い軍服姿が大変凜々しい。くるみ割り人形(ジェイデン・フォーラ=ナイト)の助けを待たず、ブリキの兵隊たちをハイキックで次々に倒すのが爽快で、21世紀のディズニープリンセス像を体現しています。

ミスティ・コープランドセルゲイ・ポルーニン。当代きってのプリンシパルふたりが踊るエンドロールはクリスマスモチーフのアニメーションも可愛らしくバレエファン必見です。

 

2018年12月7日金曜日

吉増剛造 -ヒノシシュウ ノ Ciné ノ ケッカイ-

京王新線幡ヶ谷駅南口の商店街もjiccaさんを過ぎて数ブロック歩くと静かな住宅街に入ります。更に奥まったどん詰まりに赤提灯が目印のギャラリーがあります。

ATAMATOTE 2-3-3で開催の日本文化デザインフォーラム活動プログラム「JIDFラボ」第22回ことばラボ『吉増剛造-ヒノシシュウ ノ Ciné ノ ケッカイ-』に行きました。

一応トークショーという名目ではあるが、実質的には詩人吉増剛造によるソロライブパフォーマンス。主催のクリエイティブディレクター榎本了壱氏と1960年代の接点となった天井桟敷ビックリハウス、また榎本氏が十代で出版した詩集『粘液質王国』の話から吉原幸子の回想。「震災以降私たちにとって水とは何か」京都の地底には琵琶湖の6割に相当する水が隠れている。それをハンモックのように宙に吊り上げるビジョン。ポール・ヴァレリィの「海辺の墓地」の詩句、萩原朔太郎の『氷島』。空一面に銀紙がきらめいた幼時の戦争の記憶。ワレリー・アファナシエフ。けっして張らない声で時系列を無視して果てしなく紡ぎ出される呟きは吉増さんの詩作品の頁を埋め尽くす割註を音声化したかのようです。

吉本隆明の「日時計篇」を筆写して気づいた「ガリを切る人の手の動き」。「書いた字の記憶が語りかけてくる。オフボイスの中からとんでもない結界が生じるんです」。目隠しをして筆写原稿にインクを零す。彫刻家若林奮の遺品の金槌で、ギャラリーの床を、ブルーシートを、半乾きの原稿を、叩くときのそれぞれ異なる鈍い残響。それを自らの左手に持ったビデオカメラで撮影する間もずっとしゃべりつづけている。

2007年に当時編集スタッフをしていた『東京リーディングプレス』というフリーペーパーでインタビューをしたときに「自分の内側に詩は存在しない。外側からやって来るものへの感応が詩だ。だからいつもいくつもアンテナを立てている」とおっしゃっていたのが、79歳という老境に至り、ますます先鋭化している。

「未達成の方向に線を引いていく。消えてしまう一瞬一瞬を自分の中でどう処理するのか。完成じゃないし、プロセスでもない」「瞬間を重ねること、時差を作ること、時差を重ねて心の中にため込むこと」「色に対して我々の言葉は足りない」「読めないような小さな字を書くことがどれほど豊かなことか」「どれだけ文字を書いても空白のほうが大きい。空白は向こう側の光」。

吉増さんのチャーミングな語り口と人となりも相俟って会場は時折笑い声に包まれますが、論理で解析できないことを作品化して伝達しようといまも模索する姿から同じ詩人としてたくさんの大事な伝言を手渡されたような気がします。

 

2018年12月1日土曜日

ANEMONE 交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション

2018年最後の映画の日。ユナイテッドシネマ豊洲京田知己監督作品『ANEMONE 交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』を観ました。

劇場版『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』三部作の第二部にあたる本作の舞台は2028年12月の東京湾岸。前作の前日譚。7歳の少女石井風花アネモネ(玉野るな)は特殊潜入部隊長の父(内田夕夜)を亡くす。人類を滅ぼす謎の生命体スカブに、東京湾内に設置された風の塔と呼ばれる施設からダイブしたのだ。

その7年後、父と同じ国連生存権防護事務局スカブ戦略歩兵師団(UN ASSID)で戦闘員となったアネモネ(小清水亜美)はスカブとの戦闘で14年ぶりの人類側の勝利に貢献し、一躍アイドル的な存在となるのだが、戦闘中に目にした青緑色の髪の少女エウレカ(名塚佳織)と彼女の叫び声を忘れることができなかった。

現代と近い時代設定で、スマート端末が全面にフィーチャーされています。ガチな戦場におけるストラテジーをコンシェルジュアプリに尋ねたり。意識だけが敵の内部にダイブしている間は擬人化したアプリが戦闘をナビゲートする。ダイブの際に通り抜けるドアは公営住宅の玄関の意匠だが、その向こう側の光り溢れる16:9の縦横比はスマホ起動時の画面を想起させます。

現実世界はシネスコ、仮想世界はビスタサイズで表現されているので、何度も往復しても観客が迷子にならず親切な作りです。親切はそれ以外にも行き届いており、前作と比較して馴染みやすい。

少女に戻ったアネモネがエウレカと和解し、ガリバーから逃走するシーン。仮想世界ではどれだけ堅く繋いだ手も何度もすり抜けてしまうのに、現実世界ではしっかりと繋がって宙に浮くことができる。「魂にとって不必要な身体がないように、魂にとって不必要な世界はない」「あの戦闘のきらめきの中で誰かが死んでる。でも終わるに値する世界なんか存在しない」。

終末観漂う設定でありながら、そのメッセージは肯定的で希望に満ち溢れています。

前作と比較して1980~90年代レイブカルチャーへのオマージュは控えめですが、戦闘ロボットの名称に、SH-101TR-909(Roland)、VC-10 (KORG)など、往年の名器の型番が引用されており、主人公の父親の名前はken ishiiです。


 

2018年11月25日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

秋の日はつるべ落とし。西武新宿線の改札を出るとすっかり暮れた東の空に十六夜の明るい月。出がけに手間取ったせいで開場時間をすこし過ぎて黒いドアを引くと既にお客様がふたり。店主ノラオンナさんと談笑していました。

11月25日いいふたごの日、西武柳沢ノラバーにて開催された『日曜生うたコンサートカワグチタケシ2018年秋の朗読ワンマンライブのご報告です。


 1. 無題(世界は二頭の象が)
 2. 名前
 3. ケース/ミックスベリー
 4. 無題(薄くれない色の闇のなか~)
 5. ホームカミング
 6. 虹のプラットフォーム
 7. バースデー・ソング
 8. Planetica (惑星儀)
 9. もしも僕が白鳥だったなら
10. 線描画のような街
11. 観覧車
12. 水玉
13. 花柄
14. fall into winter
15. (タイトル)
16. Happy Xmas (War Is Over) カワグチタケシ訳

以上16篇を朗読しました。前回僕がノラバーに出演した3月4日(日)にこのお店ではじめて出会い、その後いくつかの偶然と必然を重ねて交際に発展した素敵な大人のカップルがお揃いでいらっしゃるとのご予約を受けて、恋愛要素多め(僕にしては)のセットリストを組みました。

とはいえ僕の作風からいってハッピー全開とはいかず、若干の申し訳なさも感じつつ、それはそれ。後日うれしい感想メッセージをいただきました。どうもありがとうございます。

今回のご来場特典がクリスマスソング訳詞集 "sugar, honey, peach +love Xmas mix" ということで、現時点で唯一のオリジナルクリスマスナンバーである「(タイトル)」と訳詩集からジョン&ヨーコの "Happy Xmas (War Is Over)" を。終演後には差し入れの梨スパークリングワインを開けて、訳出した歌のオリジナルバージョンをみんなで聴いて、一足早い歳末気分を満喫しました。

この日は、ジュテーム北村氏出演のJazzpoetopiaTOKYO LANGUAGE SLAMの第1回、文学フリマなど東京近郊でいくつか言葉のイベントが重なりました。選択肢が増えるのは本当に素晴らしいことだと思います。

その影響もあってか、今夜のノラバーのお客様には同業者がおらず、ミュージシャン、舞台役者、映像のハードウェア技術者が席を並べました。リラックスしたアットホームな空気で僕自身も楽しめました。

終演後のお楽しみ、ノラさんの手料理はどれも一工夫あって丁寧で、リクエストしたクリームシチューはお肉ほろほろで野菜の歯ごたえも絶妙。大人の恋バナに花咲かせながらみんなで美味しくいただきました。

 

2018年11月11日日曜日

ボヘミアン・ラプソディ

11月にしては気温の高い晴れた日曜日の午後、海沿いの映画館へ。ユナイテッドシネマ豊洲で、ブライアン・シンガー監督作品『ボヘミアン・ラプソディ』を観ました。

まずタイトルバックの20世紀FOXのジングルがいつもの管弦楽ではなく、ブライアン・メイグウィリム・リー)の音色そのもののギター・オーケストレーションで高まる。そのテンションが停滞することなく、あっというまの2時間15分です。

1970年のバンド結成前夜から1985年のライブエイド出演まで。クイーンというより、故フレディ・マーキュリーラミ・マレック)というエキセントリックなスーパースターの半生を描いた事実に基づくフィクション。

いろいろな楽しみ方のできる作品ですが、1976年の5thアルバム『華麗なるレース』からリアルタイムで聴き始めた僕にとっては、1st『戦慄の王女』(なんで女王じゃないんだろう?)のプリペアド・ピアノや人力レスリースピーカーなど、奇天烈なアイデアが溢れて止まらないレコーディング風景や「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」「地獄に道連れ」などの名曲誕生の瞬間が再現されているのがうれしかった。クイーンで一番好きな曲ジョン・ディーコンジョセフ・マゼロ)作の「マイ・ベスト・フレンド」がメンバーからも微妙にディスられていたのも面白かったです。

ウェインズ・ワールド』(1992)には、カーステレオから爆音で「ボヘミアン・ラプソディ」を流し、ギターリフのところで全力ヘドバンする名場面がありますが、主役のマイク・マイヤーズがこの映画ではレコード会社の重役を演じ「車でヘドバンできない曲がヒットするわけがない」と一蹴するシーンは洒落が利いています。

グランドピアノにペプシの紙コップが大量に乗っているよく見るアー写はライブエイドなんですね。フレディひとりでこんなに飲むのかよ、と思っていたのも、前のアクトの飲み残しか、と謎が解けました。『クイーン・ロック・モントリオール1981』の夥しいハイネケンの壜はフェスではないので、ひとりで呑んだものでしょう。

東映のヤクザ映画を観た直後に歩き方がオラオラになるみたいに、映画館を出た男子たちが心なしかフレディのように胸を張っているように思えて、なんとも愛おしく平和な気持ちになりました。



2018年10月28日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

満月の3日後、再び西武新宿線に乗って、すこし乾いてひんやりした夜気を分け、西武柳沢ノラバーへ。日曜生うたコンサート「マユルカとカナコ」の回に行きました。

前半はmayulucaさんのギター弾き語りソロで6曲。1ヶ月前に声帯浮腫を患ったが、歌えるまで回復していました。「なので今日は、元気に歌わない感じの曲を」と言いますが、元々元気な曲がないから大丈夫。

ミニマルなギターのリフレインに水のように風のように流れる旋律を声を張らずに淡々と歌う。今夜は更に静けさを増し、ほとんど呼吸のような自然な歌声に。聴いている僕たちも音を立てずに呼吸している。

指定されたドレスコードは「白」。mayulucaさんは白の七分袖Tシャツにベージュのボアフリーススヌード。店主ノラオンナさんは生成の麻のワンピース。カウンターに並ぶ白いニットやシャツやキャップ。みんなじっと静かに息をしている。清潔で幸福な緊張と弛緩。

1年ぶりのライブに「声が出なくて歌い切れるか不安で」声を掛けた女優の西田夏奈子さん(ミュージシャンとしての名はエビ子・ヌーベルバーグ)と後半はデュオで。夏奈子さんとmayulucaさんは大学時代から面識のある先輩後輩。怪我の功名というか、この組み合わせも素敵でした。

2部冒頭の2曲「月の下 僕はベランダに」「花ヲ見ル」の2曲は夏奈子さんがリードボーカルをとり、「昼下がり」「覚悟の森」「ひかりの時間」「幸福の花びら」にはヴァイオリンとコーラスを加える。

mayulucaさんのソロ弾き語りは、mayulucaさんの音楽の緻密な展開図みたいに僕は感じていて、聴いている脳内でいくつかの音を無意識に補完していることに気づくことがあります。あえて表情を隠したmayulucaさんの声に、夏奈子さんのすこしざらっとしたヒューマンな感触の和声やカウンターメロディが重なることで、美しい展開図がおもむろに彫りの深い立体造形になって立ち上がるような感動がありました。

演奏後にはノラバーの秋の風物詩、梨フライタルタルにみんなで舌鼓を打ち、わいわいと賑やかに月夜は更けていくのです。
 

2018年10月25日木曜日

木曜ノラの日生うたコンサート

木曜夜の西武新宿線の帰宅ラッシュに揉まれ、駅を出ると東の空に満月。夜空にパンチ穴を開けたようなまん丸の月(©Tom Waits)がアスファルトをほのかに照らしている。

カウンターに席を取るとハイボールとサラダが供されます。西武柳沢ノラバー木曜ノラの日生うたコンサート」、mandimimiさんノラオンナさんのツーマンライブに行きました。

mandimimiさんの歌を聴くのは5月サラヴァ東京以来。その頃始動した毎月ひとつの花を選んで曲を書くというパーソナル・プロジェクトを継承したセットリストで、最新作はカスミ草をモチーフにした "Our Heartbeats"。日本在住歴の長い台湾系アメリカ人であるmandimimiさんの歌詞は、英語、日本語、中国語のミクスチャー。しかしその歌声にコスモポリタン的な厚かましさは欠片もない。彼女の歌詞に特徴的な単語 suffering、losing、separation、distance。ある種の断絶とそれゆえの切望、希求、祈り。

ノラオンナさんは11月発売の新譜『めばえ』の(ほぼ)全曲演奏という4月の「ノラオンナ52ミーティング」の二部に近い構成でしたが、スターパインズカフェの音響で聴くのとはかなり印象が違い、アンプラグドならではの声の近さに楽曲の輪郭がより際立つ。「めばえ」(曲名)のスキャットと「大好きなの/生きることが」という歌詞のholyな響き。声質は全く異なりますがVirginia Astleyの "Melt The Snow" に重なり、冬が終わるんだな、と思いました。10月なのに。

最後に3曲をデュエットで。mandimimiさんの同郷のスター故テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」中国・日本二ヶ国語バージョン、さらさ西陣を描いたmandimimiさんの "Antique Tiles"、ノラオンナさんのバンド港ハイライトの「やさしさの出口で」。ノラさんが上のパートという意外性もあり、ふたりのハーモニーがやさしく美しかったです。

いつになく(?)女子率の高い客席から、ノラ婆カレーのおいしさに華やかな嬌声が上がり、楽しくおしゃべりしているうちに終電間際。慌てて店を出ると、満月は天頂近くまで上っていました。


2018年10月13日土曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

この数日でようやく気温が落ち着いてきました。焚き火の煙の匂いが遠くから漂ってくると、秋だな、と思います。これからの1ヶ月半が一年のなかでも一番好きな季節です。

そして11月、しし座流星群の過ぎた後、満月の2日後に西東京市保谷町(最寄は西武柳沢駅)のノラバーで、生声の朗読と美味しいお食事をお楽しみいただける完全予約制先着11名様限定のワンマンライブがございます。只今ご予約受付中です!

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ノラバー日曜生うたコンサート

出演:カワグチタケシ
日時:2018年11月25日(日) 17時開場、18時開演、19時~バータイム
会場:ノラバー 
   東京都西東京市保谷町3-8-8
   西武新宿線 西武柳沢駅北口3分
   ○吉祥寺からバスもあります。
料金:4,500円
   ●ライブチャージ
   ●6種のおかずと味噌汁のノラバー弁当
   ●ハイボール飲み放題(ソフトドリンクもあります)
   ●スナック菓子3種
   以上全部込みの料金です。
   
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銀座のノラの物語アサガヤノラの物語でお世話になり、超リスペクトしているミュージシャンのノラオンナさんが、昨年7月にご自身のお店ノラバーを持ちました。とても落ち着いた雰囲気のあるお店です。こちらには今年3月に続いて3度目、銀ノラ、アサノラと通算すると11回目の出演になります。

西武柳沢? どこそれ遠そう、ってお思いの方、高田馬場から約20分です。うちからだと阿佐ヶ谷まで行くのと10分しか変わりません。

恒例のご来場者全員プレゼントは、ノラバー限定カワグチタケシ訳詞集の第5弾 "suger, honey, peach +love Xmas mix"(CD付)。クリスマスソングの名曲をカワグチタケシ訳で。2015年12月に古書信天翁さんでmueさんと開催したクリスマスライブをベースに新作も加えます。あっという間に師走ですから、少し早めのクリスマスプレゼントということで!

そしてお料理は必ずご満足いただけるクオリティ。ノラバー弁当は季節ごとの素敵なメニューをノラさんが考えてくださいます。

*銀ノラ、アサノラより1人増えた先着11名様限定の完全予約制です。
 ご予約は rxf13553@nifty.com まで。お名前、人数、お電話番号を
 お知らせください。お席に限りがございます。どうぞお早目に!


2018年10月7日日曜日

3K12 ~3人のKによる詩の朗読会~

10月の真夏日。東京メトロ千代田線で千駄木まで。芸工展期間中の三連休はお天気にも恵まれて賑わう谷根千界隈。古書ほうろうさんで『3K12 ~3人のKによる詩の朗読会~』が開催されました。

実に12年ぶりの3Kでしたが、奇跡のリユニオン! みたいな風にはしたくなかったので、ほうろうミカコ画伯デザインのフライヤーも2部構成のタイムテーブルも当時からの継続性を重視しましたが、ありがたいことに初めて3Kに来たというお客様が半数以上でした。

一番手は小森岳史。2015年のTEENS KNOT REVUE以来、3年ぶりに聴く朗読は、スタート時こそ若干の戸惑いが見られましたが、最近にないエモーショナルなパフォーマンスで「あー、これが3Kだよ」という感じ。新作の長編散文詩「空港(ターミナル)」の淡々とした中に苛立ちを滲ませる描写は彼の最も得意とするところだと思います。

二番手は究極Q太郎。昨年秋のTQJ、今年1月の「銀河鉄道の昼」では、どちらかというと朗唱的な抑揚あるパフォーマンスでしたが、意識的なのか無意識なのかかつての3Kに寄せるようにストレートな朗読に回帰している。散歩依存症もあり身体を絞ってきたQさん。全て新作でセットを構成しているのもライブ復帰後の充実度を物語っています。

三番手はカワグチタケシ。1部は3K11以降に書いた詩を中心に6篇を朗読しました。

1. 無題(出会ったのは夏のこと~)
2. ケース/ミックスベリー
3. 風の通り道
4. 無重力ラボラトリー
5. 花柄
6. 風のたどりつく先
**
7. 童話(究極Q太郎)
8. キャッチアンドリリース(小森岳史)
9. fall into winter

インターバル明けの2部はQさんの新詩集『秋津の散歩 ~散歩依存症~』と小森さんの詩集『みぞれ』、自作『ultramarine』から1篇ずつ。

そしてQさん、小森さんとバトンを繫ぐ。タイムキープを気にしてどんどん早口になり詩行を端折るQさん、2000年のオレたちのアンセム「アムステルダム」でテンションにフィジカルが追いつかずつんのめる小森さん。そのリアルな姿には、感慨や懐古よりも現在を生きる詩と詩人の声のアクチュアリティを強く感じました。

2000年当初から、私生活で特に仲が良いわけでもなく、ライブ当日以外に顔を合わせることもない2人ですが、作品とパフォーマンスは本当にリスペクトしており、心底信頼できます。

ひとり(もしくは複数)の知性と情熱が注がれ、また読者から次の読者へ手渡されるのを待つ書籍たちに囲まれて朗読できるのは最高です。快く会場を提供してくれた古書ほうろうさん、ありがとうございます。

そして熱心な眼差しと機智を持って3Kの詩を受容してくださったお客様、どうもありがとうございました!


2018年10月6日土曜日

アジア オーケストラ ウィーク 2018

神無月。台風25号が朝鮮半島に抜けて、フェーン現象で東京は夏日です。

京王新線初台駅下車、東京オペラシティで開催中の平成30年度(第73回)文化庁芸術祭主催公演アジア オーケストラ ウィーク 2018 に行きました。

フィリピン・フィルハーモニック管弦楽団
指揮:福村芳一
ギター:荘村清志
独唱:ネリッサ・デ・フアン

ロドリーゴ / アランフェス協奏曲
ロッシーニ / 歌劇「セミラーミデ」序曲
ファリャ / バレエ音楽「三角帽子」

クラシックのオーケストラといえばヨーロッパかアメリカという印象ですが、極東日本の各大都市にもあるように、あらゆる国々にオーケストラがある。そんな当たり前のことに気づかされたのは、2007年に来日したビルバオ交響楽団を聴いたときのことでした。ビルバオ交響楽団の演奏は、少々大雑把なところもありますが、盛り上がるときのテンションが尋常ではなく、ドイツやロシアのオケの「クラシックやってます」というしかつめらしい感じがなくて、終始楽しい。それ以降、機会があれば西欧圏以外のオケを聴きに行くようにしています。

アジア オーケストラ ウィークでは、2014年にベトナムのオーケストラを聴いたことがあります。今年は、フィリピン・フィル、中国の杭州フィル、そしてホストに群馬交響楽団が、東京公演は各1日ずつ、というプログラムの2日目に行きました。

荘村清志氏はクラシックギター界のレジェンド。正確無比な技術と豊かなパッション、可憐で美しい音色を存分に響かせていました。指揮の福村芳一氏はフィリピン・フィルの音楽監督も兼ねています。まるで酔拳みたいにトリッキーで柔軟なタクト。

オケはお揃いのバロンタガログ(バナナの繊維で織って無彩色の刺繍を施したフィリピンの伝統衣装)を着て、細部まで神経が行き届いた生真面目で緻密な演奏。長髪の男性団員がいない。金管が若干おとなしめですが、ロッシーニ・クレシェンドも指揮によくついていってがんばっていました。演奏直後のコンサートマスター氏の安堵とも満足とも見える満面の笑顔が印象的でした。

「三角帽子」のメゾソプラノのアリアとアンコールでフィリピンの作曲家ニカノール・アベラルド歌曲を唄った二十歳のネリッサ・デ・フアンも堂々として美しかった。

ロドリーゴとファリャはスペインの作曲家です。米西戦争でアメリカに売却されるまで、16世紀の東インド会社の時代からスペインはフィリピンの宗主国。現在でもフィリピン人にはスペイン風の名前が多い。団員の顔立ちも南欧系、南アジア系、中国系と様々。このオケ自体が1970年代当時の独裁者夫人イメルダ・マルコスによって再編されたという。歴史に翻弄されながら美しい音色を奏でてきたことを想像すると胸に迫るものがありました。


2018年9月29日土曜日

植物と冒険

今年も東京湾岸埋立地の金木犀が咲きました。小雨降る中、外苑前のTAMBOURIN GALLERYで開催中のイラストレーター夏目麻衣さんの個展『植物と冒険』にお邪魔しました。

夏目さんとは吉祥寺クワランカカフェで開催されたBOOKWORMで出会いました(実はそれ以前にもイベントで同席していたらしいのですが。)。そのときポートレートをスケッチしてくださいました。プリシラ・レーベル主催ライブのフライヤーに作品を使わせてもらったり、大変お世話になっています。

繊細な描線に優しい彩色が施された小品群が今回の展示の中心。『植物と冒険』と題された通り、ボタニカルと少年少女をモチーフに、異国情緒と甘酸っぱいノスタルジー、物語を感じさせる。観ていて気持ちの良い展示です。

「よく外国っぽいって言われるんですけど、もともと日本画出身なんですよね」と先日おっしゃっていましたが、輪郭線と上品で薄付きな色彩、空気遠近法を用いた空間構成に日本画の影響を感じます。

前後の予定が押して駆け足での鑑賞となってしまったことが大変心残りです。今回の展示作品では「花の子」「ロンド」「一角獣」、三文字タイトルの三作品が特に印象に残りました。


2018年9月23日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

十五夜の前日、西武柳沢ノラバーへ。オツベルくんの音楽を聴きに行きました。

以前、みぇれみぇれと名乗っていた頃にSEED SHIPPoemusica何度か共演して以来、折に触れて聴きたくなるとライブに出かけます。特に印象に残っているのは2015年の雨季、下北沢leteワンマン。みぇれみぇれ名義でのラストライブです。

オツベルくんの普段の演奏は、アコースティックギターの弾き語りをベースに、ループマシンやKAOSSILATORなどのエレクトロニクスを上手に融合させて、近未来ノスタルジアとでもいうべきサウンドスケープを構築しています。

ノラバーのセットリストは細野晴臣の「三時の子守唄」のカバーからスタートしました。Waterlooギターをサムピックで。2曲目「ちゅうくらいの場所」以降はオリジナル曲。「窓を開けたらいつも雨だったの/膨らむ宇宙にあくびをひとつ」「好きな星を持って飛んでいくんだ/ほころびなんて僕が縫ってあげるよ」「月から君に手を振る//君の背中の羽も嫌いじゃない/長い長いはしごを伸ばせばそこに届くかな」「夏といえば/夏といえば/夏といえば/夏といえば……」。

マイクもアンプも通さない完全アンプラグドですが、そのことによって、ソングライティングの確かさと歌唱力、彼の音楽が持つ堅固な骨格が(もしかしたらそれはオツベルくんの本意ではないのかもしれないけれど)くっきりとした輪郭を持って伝わってくる。客席にミュージシャンが多いのもきっとそのせいだと思います。

ハーモニクス、ストライド、変則ライトハンド奏法までさりげなく織り込んだギタープレイには全国のギターキッズも驚かされるでしょう。

本編11曲のあとのアンコールでは一番好きな曲「緑の迷路」をリクエストしました。オツベルくんの呼びかけで客席の水ゐ涼さん(左利き)が重ねたコーラスも大層美しく、ドリーミィな時間をプレゼントしてもらいました。ありがとうございます。

 

2018年9月21日金曜日

3K12

暑さ寒さも彼岸迄と申しますが、朝晩は気温が落着き過ごし易くなってきました。皆様お元気でお過ごしでしょうか。

2000年に始めた3K朗読会がこの秋12回目を迎えます。前回から少し間が空きましたが、また3人揃って皆様にお目にかかれますことを大変うれしく思います。

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3K12 ~3人のKによる詩の朗読会~

日時:2018/10/7(日)18時開場 18時半開演
会場:古書ほうろう 〒113-0022 東京都文京区千駄木3-25-5
          03-3824-3388 http://horo.bz/
          東京メトロ千代田線千駄木駅2番出口
入場料:1000円
出演:究極Q太郎小森岳史カワグチタケシ
特設サイト:https://note.mu/3k12

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会場の古書ほうろうさんは、不忍ブックストリートの中心的存在。3K3(2001)、3K6(2003)、3K10(2005)で3度お世話になった3Kとはご縁の深いお店です。

芸工展2018の期間中で、金木犀香る谷根千界隈は賑わう時期。ご予約は不要ですが「行くよ!」と言ってもらえると俄然モチベーションが上がります。秋の下町散歩の終着点に3K12を選んでいただけましたら幸いでございます。


2018年9月16日日曜日

ウエノ・ポエトリカン・ジャム6

上野恩賜公園水上音楽堂、ウエノ・ポエトリカン・ジャム6 ~はしれ、言葉、ダイバーシティ~ (UPJ6)に出演しました。9月15日土曜日と16日日曜日、はじめての2DAYS開催です。前回は2009年のUPJ4。9年ぶりにウエノのステージに立ちました。

1日目の土曜日は朝から雨でしたが、13時台の谷川俊太郎さんあたりから雨が上がり、僕の出演時間にはすっかり日も暮れて。広いステージと客席。Anti-Trench鳥居さんというフレッシュな2組に挟まれて「無題(静かな夜~)」「水の上の透明な駅」「ANGELIC CONVERSATIONS」の3篇を朗読しました。いつも聴いてくださる方たちにも、初めてお会いしたみなさんにも、会場の隅々までしっかりと手渡すことができたと感じています。

谷川俊太郎松永天馬アーバンギャルド)、いとうせいこう is the poet町田康。2日間の昼夜にそれぞれ登場した4組のヘッドライナーはもちろん、約40組のゲストは各々の持ち味を出していました。

1日目のゲストでは石渡紀美さんの軽快な凄味、文月悠光さんの揺れる佇まい、東直子さんのひたすらフラットな表現、初舞台とは思えない堂々としたパフォーマンスで魅せたセーラー服の歌人鳥居さん、ループマシンで分裂し統合する三角みづ紀さんの声。新橋サイファーも最高に楽しかった。オープンマイクでは、当日エントリー枠のキョウカさんと小夜さん、ラッパー多嘉喜さん

2日目ゲストは、トップで清涼な風を吹かせたでんちゅう組暁方ミセイさんの誠実さ、レジェンド花本武和合亮一さんのウィット、totoさんの流れる水のようなフリースタイル、ジュテーム北村節。オープンマイクでは、当日枠の道山れいんさん(前日はゲスト出演)、どこかの谷のカバの妖精さんyaeさん、等が特に印象に残りました。

客席で言葉を立て続けに浴びて疲れたら、ステージ脇の駐車場で行われている路上ポエトリースラムやMCバトルで気分を変えて。

僕的ベストアクトは、ゲスト部門では宮尾節子さん(画像)、オープンマイク部門 そにっくなーす、路ポス部門 木村沙弥香さんの1回戦、MCバトル部門はゆうまーるBP3回戦の長谷川さんです。

そして4人の司会者、1日目のyaeさんジョーダン・スミスさん、2日目の石渡紀美さん猫道くん。いずれも素晴らしかった。石渡紀美さんのユルい呼びかけから拡がった「#子どもとUPJ6」ムーブメントも良い試みだったと思います。旗っていいよね。よって総合優勝は石渡紀美インダハウス!

全体的で雑な感想としては、「言葉である前に声であること」「人前に身体を晒すことに対して自覚的であること」が、詩を舞台表現として伝えるための重要なファクターだということです。

出演者としても観客としても2日間のお祭りを楽しみました。主催の三木悠莉さんikomaさん、大勢のボランティアスタッフのみなさん、どうもありがとうございました。


2018年8月18日土曜日

未来のミライ

空が高く、風が心地良い。ユナイテッドシネマ豊洲で、細田守監督作品『未来のミライ』を観ました。

くんちゃん(上白石萌歌)は磯子に住む4歳男児。妹が生まれ、出版社勤務の母(麻生久美子)と最近フリーランスになった建築士の父(星野源)の関心を奪われて不機嫌。幼児退行で反抗しまくる。そこに未来から現れたセーラー服姿の妹(黒木華)の願いは、婚期が遅れるから今日中に雛人形を片付けてほしい、というものだった。

ト書きとでもいうべき現在の世界から、約15分毎に主人公くんちゃんのエモーションが臨界点に達するのをトリガーにして、過去や未来にタイムリープする5話オムニバスのような構成になっています。

第一話は中年男に姿を変えた飼い犬ゆっこ(吉原光夫)が、くんちゃんが生まれる前は自分がこの家の主役だったと告げる。第二話は植物館のドームで中学生になった妹の未来との出会い。第三話は傲慢で散らかし屋だった母親の少女時代(雑賀サクラ)へ。第四話は戦後間もなく曾祖父(福山雅治)に根岸競馬場跡まで馬とオートバイに乗せてもらう。第五話は十数年後の自身(畠中祐)に導かれ未来の東京駅で迷子に。

冬の日、息で曇らせた冷たい窓ガラスを掌で拭う冒頭のシーンから、ホワイトアウトした真夏の光線まで、現時点におけるアニメーション表現の到達点をさりげなく見せつけられます。最も興奮するのは、第五話の東京駅のホログラム化した時刻表とエピローグのファミリーツリー内部のインターステラー的デジタルアーカイブ感で、『時をかける少女』や『サマーウォーズ』の上位互換として、僕が細田守作品に求めるのはそこなんだなあ、と実感しました。

上記過去作と異なるのは、タイムリープやバーチャルファイトの背景にあった切迫感が無いことで、今作ではあくまでも主人公の妄想を補強する役割に徹しています。その意味で描かれる世界が小さくなったという批判的な意見が出るのもきっと監督には想定内なのでしょう。

終盤に祖母(宮崎美子)の言う「そこそこで充分。最悪じゃなきゃいいの」という台詞は監督が実体験から得た育児論でもあり、今作以降の映画作法でもあるのだと思います。興業収入云々よりも、自分の身の周りのことを丁寧に精緻に描くのだ、という宣言と受け取りました。


2018年8月17日金曜日

追想

8月とは思えない湿度の低さ。TOHOシネマズシャンテドミニク・クック監督作品『追想』を鑑賞しました。

イアン・マキューアンが2007年に発表した小説『初夜』(原題: On Chesil Beach)を原作者自身が脚色し、シアーシャ・ローナン主演でBBCが映画化した作品です。

チェジル・ビーチは英国南部のリゾート地。1962年初夏、エドワード(ビリー・ハウル)とフローレンス(シアーシャ・ローナン)はEメジャーのブルース進行について語り合いながら足元の不安定な玉砂利を踏んで長い海岸線を歩いて行く。ふたりは海の見えるホテルで新婚初夜を迎えようとしている。

歴史学者を目指すエドワードは労働者階級。母親(アンヌ=マリー・ダフ)は事故で脳に損傷を負い奇行を繰り返す。妹は双子。弦楽四重奏団の第一ヴァイオリン奏者フローレンスは経営者の長女。ボーダーのワンピースにピースマークの缶バッジをつけている。大学の反核兵器集会で出会ってお互いに一目惚れ。初恋同士だった。

出会った日にタンポポの花を摘んでフローレンスに贈るエドワード、河畔のピクニック、夏休みのエドワードのバイト先のクリケット場に最寄駅から11キロ歩いて会いに来るフローレンス、随所に挿入される恋愛時代のエピソードがどれも甘美で輝かしく、新婚初夜のぎこちない二人の緊張感を際立たせる。

小さな失敗を許し合うことができず結局6時間しか続かなかった結婚。お互いのコンプレックスを気づかうことができないばかりか、自分自身のこともよく理解していない若さ、幼さ故のすれ違い。そこはさっさと謝っちゃえよ! と何度画面に向かって思ったことか。でもそれは歳月を経て得たもので同じ年頃の自分を想うと痛い記憶は多々あります。

水平線を目一杯活かすロングショットを多用したイギリス映画らしい静謐な画面構成。モーツァルト弦楽五重奏曲第五番ニ長調K. 593を基調としながら、チャック・ベリーからT.REXまでロックンロールナンバーを散りばめたサウンドトラックが不変の愛と時代の移ろいを象徴している。そしてシアーシャ・ローナンは明るいブルーのセットアップが似合って大変美しいです。

 

2018年8月16日木曜日

カメラを止めるな!

時折吹く風に夏が後半に入ったのを感じます。TOHOシネマズ日比谷上田慎一郎監督作品『カメラを止めるな!』を観ました。

元浄水場の廃墟でインディーズのゾンビ映画を撮影中。「君に死が迫ってる。本物の恐怖があったか? 出すんじゃなくて、出るんだ!」。一所懸命な主演女優(秋山ゆずき)の芝居に切れる監督(濱津隆之)。仲裁に入るメイクさん(しゅはまはるみ)。主演俳優(長屋和彰)と女優は恋人同士。そこに本物のゾンビが現われパニックに。

昨年11月の公開時の上映館は新宿K's cinemaと池袋シネマロサという渋めのミニシアター2館のみ。現在は全国180館以上に拡大し、僕が観た回も1000席以上の大箱が満席でした。この夏最大のヒット作と言ってもいいでしょう。

こういうコアな拡がりを見せる作品って、近年はタイムラインだけでお腹一杯で、怒りのデスロードズートピアバーフバリも観ていない残念な僕ですが、この映画を観ようと思ったのは、たまたまTOKYO MX情報バラエティ番組に監督が出演しているのを観て、そのあまりに楽しげな様子に心打たれたからです。

そして実際作品も楽しかったし、登場人物たちのポンコツさに大爆笑して、家族の物語にちょっとだけホロっとして、前半の「え、ここは笑うところ?」みたい微妙なシーンも後半見事に伏線回収され、最後はすっきりしました。

ヒロインは白のタンクトップとか、ホラー映画の定型もしっかり押さえられていて、いやむしろテンプレがあるがこその自由度というか、予算も含め、映画制作に関わるすべての制約を裏返しにする情熱とスピード感がある。撮影は8日間で終えたそうです。

卒業制作の低予算映画で世界的ヒットになったといえば、ジム・ジャームッシュ監督の『パーマネント・バケーション』を思い出します。あるいは映画製作にまつわる悲喜劇を多数撮ったフェリーニウディ・アレン。上田監督もいずれそんな風になっていくのかな、と思います。

 

2018年8月5日日曜日

TRIOLA

台風が近づいているせいか、猛暑はすこしだけ落ち着いていますが、湿度を余計に感じます。日曜夜、下北沢leteで開催されたTRIOLAのワンマンライブに行きました。

1曲目は「TR11」。須原杏さんのヴァイオリンのソリッドな重音が刻む等拍のリフに軟体的に絡む波多野敦子さんの5弦ヴィオラ。TR10番台は硬質でクラウト的な曲想に始まり演奏の後半は脱構築に向かう。

そこからMCをほぼ挟まず立て続けに前半6曲。第一期triolaではリアルに鳴らしていた手廻しサイレンは弦楽器の不協和音のポルタメントに置き換わった。

2016年再起動後のTRIOLAは、増殖と消滅を繰り返すインテンポの細かなリフレインを主軸に置いていますが、前半最後に演奏された新曲 "waves horn"(ホワイトノイズ抜きver.)には、しばらく封印していた哀愁の旋律が帰ってきて、また後半のいくつかの楽曲は従来の演奏より意識的にテンポダウンされ、且ついままでにないダイナミックなアチェレランドが取り入れられています。

会場限定のCD-Rも前回行けなかった5月のワンマンで一旦区切りとのこと。波多野さんの作曲は緻密に記述された調性の崩壊。新しいCOLORSシリーズは五線譜を用いず、写真と色彩を主題にした即興演奏で、ある種のアクションペインティングのような聖性を獲得している。

第一期triolaも再起動後TRIOLAもふたりのプレーヤーのタイム感の微細なズレからグルーヴを生んでいたのが、じわじわと重なりが強くなり、うねりに変わってきたこともあわせ、再起動後のTRIOLAが第二章に入ったように感じました。僕の知る範囲では、いま最もライブで体験すべき音楽ではないか、と思います。

 


2018年7月22日日曜日

BOOKWORM 7/22 at TOKYO CANAL LINKS

連日の猛暑日。東京メトロ有楽町線と東京臨海高速鉄道りんかい線を乗り継いで。天王洲キャナルイーストTMMT(天王洲マルシェマーケット東京)にて開催されたBOOKWORMに出演しました。

20年続くこの言葉のイベントに原宿で隔月開催されていた初期の頃からずっと参加しています。「人は自分の好きなものについて語るとき、とても上手く語ることができる」というミヒャエル・エンデの言葉をコンセプトとし、朗読を聴かせることよりも、日々感じることやストリートワイズの提供、共有を重んじる空気があります。

今日はオープンマイク参加3人を含む、計18名がマイクの前に立ち、あるいは座り、各々の声と語り口で好きなこと、気になること、伝えたいことを会場に集まった人たち、通りすがりの人たちに手渡しました。

僕が一番印象に残ったのは泡之音fat freeミツハシコウイチさん。横須賀の街の歴史と今の眺望について、ユーモアを交えながら真摯に語って聴かせてくれました。まちの保育園の根岸拓哉さんが紹介した子供の作ったシュールなかるた(ダラス、君はなぜダラスetc.)も最高。ダンサー藤平真梨さんの即興ダンスアンサンブルもキュートで素敵でした。

顔馴染みのメンバーたち、遠藤コージさんのブルージィな夜のうた、坂井あおさんの形而上学的集合的無意識の自作詩「不自由」、板井龍くんレイモンド・カーヴァーぼくの船」、アライジュンくんの沢山の同じフレーズを二度反復する詩、主催・MC山﨑円城さん(画像)によるD.H.ロレンスのコラージュカバー。もうひとりのMCtotoさんが「思い出してごらん」というワンフレーズから紡ぎ出したフリースタイルは声もフローも描写される情景も意味も心地良い。

TOKYO CANAL LINKSは、運河によって東京の歴史や文化がつながり、"東京"が国際的な"TOKYO"へとつながる架け橋となることを目指すアートプロジェクト。それにちなんで僕は矢島翠著『ヴェネツィア暮らし』(平凡社ライブラリー)、タニア・クラスニアンスキ著『主治医だけが知る権力者』(原書房)の2冊の紹介と運河を描いた自作詩「Universal Boardwalk」を朗読しました。

聴いてくれたみなさん、会いにきてくれた友人たち、今回お声掛けくださった円城さん、ありがとうございました。また遊びに行きます。

 

2018年7月14日土曜日

フィクショネス詩の教室 @tag cafe 2018

猛暑日。若く行き先の見えない情熱に溢れた下北沢の路地も日が陰るとすこしだけ涼しくなります。今年もフィクショネス詩の教室 @tag cafe が開催されました。

2014年7月に閉店した下北沢の伝説的新刊書店フィクショネス。詩の教室が始まった2000年には普通に店主だった藤谷治氏はいまや文芸誌の表紙に名前を見ない月は無いほどの人気小説家です。

14年半続いた詩の教室の特に後半の数年熱心に通ってくれた杵渕里果さんが毎年7月にこの会を企画してくださいます。いつもありがとうございます。

究極Q太郎「朝の夢」「石神井池のほとり」
小1男子(堺市)「はっとり」
建畠哲中腰の女
蜂飼耳「沼」
藤本徹「無題(口の中で~)」
最果タヒ移住者
芦田みのり「扉」
清水あすか「夏を口に入れる。」
A.A.ミルン「頭のわるいクマのうたえる」(石井桃子訳)
    〃  「頭のわるい混乱(ぼく)のうたえる ―くるくるまわれる―」(内野里美訳)

以上11篇の詩作品を参加者のみなさんが紹介し、お互いに共有しました。知らなかった作者や作品との出会い、思いもよらない新鮮な解釈。おかげさまで刺激的で楽しい時間を過ごすことができました。詩作も読書も基本的な孤独な行為だと思います。でも詩の読み方に唯一の正解は無い。いくつもの正解があって、それぞれが異なる光を放っているのです。そんな楽しみ方があってもいいですよね。

しばらく関西で仕事をしていて10年ぶりに参加してくれた方がいたのもうれしかった。それでも一瞬で時間が巻き戻される。あの14年半は僕の年齢でいうと34~49歳。遅い青春だったのかもしれません。

 

2018年7月7日土曜日

女と男の観覧車

七夕。ユナイテッドシネマ豊洲で、ウディ・アレン監督作品『女と男の観覧車』を観ました。

予告編が終わると、レコード盤に針を落とす音。The Mills Brothers の "Coney Island Washboard" のノスタルジックなハーモニーに共に映画が始まります。 

米国ニューヨーク市ブルックリン区コニ―アイランドのペニーアーケード。物語の舞台である1950年代でも既に寂れかけている。日本に置き換えれば、ロケーションとしてはお台場、雰囲気は熱海といったところでしょうか。

主人公ジニー(ケイト・ウィンスレット)は遊園地内のレストランのウェイトレス。劇中で40歳の誕生日を迎える偏頭痛持ち。回転木馬担当の夫ハンプティ(ジム・ベルーシ)と放火癖のある小学生の連れ子リッチー(ジャック・ゴア)と見世物小屋をリフォームした園内施設で暮らす。ギャングスタと駈け落ちしたハンプティの実娘キャロライナ(ジュノー・テンプル)が元夫の仲間の刺客に追われ5年ぶりに帰宅した。

狂言回し役のミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)がカメラ目線で客席に語りかけるのはウディ・アレン映画では常套手段だがやはり笑ってしまう。グリニッジ・ヴィレッジに下宿する劇作家志望の大学生。「生まれながらの詩人(poet by nature)」で「ロマンチック過ぎることが欠点(I fall in love too easily)」と自称する。他人事とは思えません。ナンパの小道具がアーネスト・ジョーンズの『ハムレットとオイディプス』、誕生日プレゼントが『ユージン・オニール戯曲集』とか。

ミッキーが狂言回しでありながら問題の中心にいることが映画に歪みを与えてしまっています。また、かなり舞台演劇寄りの脚本演出のため、感情表現や発声にやや過剰なところがありますが、俳優たちの熱演と懐古的な画面色調で愛すべき作品に仕上げたアレン監督の剛腕は流石。

原題は "Wonder Wheel" コニ―アイランドのDeno's Parkにいまも実在するちょっと変わった観覧車。変則的なゴンドラの動きが登場人物たちの人生を象徴しています。

  

2018年7月1日日曜日

柳沢ノラバー1周年

梅雨明けして最初の日曜日。西武柳沢まで。ノラバーの1周年をお祝いしに行ってきました。

リスペクトする同学年のミュージシャン、ノラオンナさんが長年暮した阿佐ヶ谷から生活拠点ごと西東京市保谷(最寄駅は西武柳沢)に移し、ご自身のお店をオープンしたのが昨年7月。銀座阿佐ヶ谷から続く「日曜生うたコンサート」に木曜のライブとトークショー『わたしの好きをおはなしします』が加わって、午後の喫茶営業(不定期)や平日モーニングも始まりました。

この1年で出演2回、観客として3回、サブメッコ展で喫茶ノラバーにもお邪魔しているので、箱単位で行ったら一番お世話になっているかもしれません。

普段のライブは11名限定ですが、この日はお祝いということで無制限。ノラさんの美味しい手料理もビュッフェ形式の食べ放題。もちろんハイボールも飲み放題。細長いお店のカウンターの内も外も20人以上のお客様がぎゅう詰めです。

ライブは港ハイライトノラオンナさん(作詞作曲/ Vo/Ukulele)、柿澤龍介さん(Dr/Per)、藤原マヒトさん(Ba/Key)の3人組音楽ユニット。元々男女デュオの5人編成でスタートしているのと、過去に観たライブではゲストミュージシャンが入ることがほとんどだったので、オリジナルメンバー3人だけの演奏を聴くのは実は初めてでした。

オープニングは "Tristeza"。4月のノラオンナ52ミーティングのアンコール曲で、ノラさんの音楽的キャリアの流れを大きくつなぎ、『なんとかロマンチック』『抱かれたい女』2枚のアルバム収録曲を中心にラストの「こくはく」「流れ星」のメドレーまで全14曲をたっぷり聴かせます。

スターパインズカフェではシアトリカルでゴージャスなショータイムを、MANDA-LA2だとハードエッジなロックンロール、ムリウイはフォーマルなパーティバンド。確固とした音楽の軸を持っていながら、否持っているからこそ、港ハイライトのライブの印象は会場によって大きく異なります。ノラバーの港ハイライトはチャーミングな大人の遊び心を感じました。

演奏家もお客様もこれから出演する何人かのミュージシャンも、集まったみんながこの夜とノラバーに感謝と祝福をしています。自らの音楽活動と並行してお店を続けることに苦労や葛藤もあると思いますが、是非末永く、と願います。

 

2018年6月26日火曜日

光の街

雨上がりの夜を縫って渋谷WWWへ。古川麦シースケープ』リリース記念ライブ "光の街" 素晴らしい夜でした。

レコーディングメンバー+αでこの日のために編成されたthe Seascape Orchestraは、ドラムス田中佑司さんbonobos)、ベース千葉広樹さんKinetic) 、ヴァイオリン須原杏さんASA-CHANG&巡礼TRIOLA)、ヴァイオリン/ヴィオラ田島華乃さん、チェロ関口将史さんJa3pod)、コーラス/ギター橋本翼さんcero) 、コーラス/キーボード中川理沙さんザ・なつやすみバンド) という7人編成の強力布陣。TRIOLAではセンターポジションに立つことの多い須原杏さんが脇に回ったときの見事な引きの芸が聴けたのもうれしかったです。

新譜収録曲を中心に新曲と前作からもいくつか披露された楽曲の質がどれも高く、繊細かつダイナミックなバンドアンサンブルに呼応して、ボーカルスタイルが弾き語りのときよりもかなりワイルド。

音作りも心地良くコンセプチュアルに整理整頓されています。サスティンが強調されたキックとレガート気味なウッドベース、対称的にガットギターとストリングスはスタッカートと細かなパッセージが耳に残る。サックス加藤雄一郎さん、ボーカル優河さん、ふたりのゲストミュージシャンも麦くんの音楽の実現にフルコミットしつつ、個々の良さを存分に発揮していました。

そしてステージ下手端に立つ中川理沙さんの佇まいが印象的。どんなに激しい音楽が鳴らされても、客席が湧いても、その周囲だけ時が止まってしんと静まりかえっているかのようです。

シースケープ。海の光景。海を見ている人を正面から捉えると海は視界に入らない。海を見ている人の背には防砂林があり、更に背景には街がある。バンドは光の街。満員の観客が揺れる海。WWWの傾斜のついた客席でダブルアンコールのBlackbirdの弾き語りを聴きながら、そんなことを考えました。




2018年6月24日日曜日

first

雨期。出かけるときに降っていた細かい雨は、中央線に乗り換えて信濃町駅を過ぎる頃には止みました。西荻窪アートリオンで開催された後藤雪絵さんのワンマンライブ『first』に行きました。

後藤雪絵さんは大阪を拠点にするシンガーソングライター。東京で初ワンマンライブ。彼女の音楽をはじめて聴いたのは3年前の北参道ストロボカフェ2015年6月16日、僕の50歳の誕生日のことでした。

自作曲「テレパシー」を「非科学的な歌です」と紹介する。後藤さんは理性の人。何か出来事に対峙したときに、無条件に受け入れることを選ばない。よく観察し、疑問を持ち、考え得る限り複数の視点から、その経緯を理解しようとする。

歌詞は勿論、大きく跳躍する旋律も、転調の多い脱構築的な和声も、思考の必然性と深く結びつき構成されているように思えます。そして、クリーンでグルーヴィなピアノ演奏に乗せ、レンジの広いハスキーボイスがある一点を超えるとき、肉声のエモーションがロジカルなソングライティングを凌駕する。その瞬間を味わいたくてライブに足を運びます。

約90分間、アンコールを含め、全16曲。初期の名曲からレコーディング中の新作まで。後藤さんの音楽を堪能しました。唯一惜しかったのは僕が座った最後列からだとボーカルのリバーブが少々深過ぎるように聴こえたこと。個人的な好みですが、昼間のライブには若干ドライ目な音響のほうが合うと思います。歌唱技術が確かなだけに。もっと細かな息づかいまで聴きたい。

14時過ぎの終演時には空はすっかり晴れ上がり、半地下の坪庭の新緑がアートリオンのよく磨かれた床に映ってとても綺麗でした。

 

2018年6月16日土曜日

万引き家族

曇天。ユナイテッドシネマ豊洲で、是枝裕和監督作品『万引き家族』を観ました。

東京23区の北東部、綾瀬、北千住あたりか。再開発エリアの谷間に取り残された瓦葺の木造平屋。衣類や食器や生活雑貨で乱雑に汚れた家に暮らす5人家族。祖母初枝(樹木希林)の年金、日雇い建設作業員の父親治(リリー・フランキー)、クリーニング工場パートの妻信代(安藤さくら)の収入は不安定で、足りない分は食品や日用品の万引きで賄っている。

2月、真冬の夜。父子は通りかかったアパートの廊下に放置されていた5歳の少女ゆり(佐々木みゆ)を家に連れて帰り、ともに暮らし始める。

「自分で選んだ方が強いんじゃない?」「何が?」「絆よ」。6人家族のうち血縁があるのは初枝と信代だけ。翔太の補導と初枝の老衰死によってそのことが明らかになる。疑似家族の在り方を通じて「家族とは?」という疑問を提示するのは、『海街diary』『そして父になる』等、最近の是枝作品に共通するテーマです。

風俗店に勤める松岡茉優(左利き)と客の池松壮亮もそのフラクタル。若いふたりの関係だけが上映時間中に一歩進む。

芸達者な役者たちを芸に走らせずリアルな会話をさせる是枝監督は、今回も子役たちの自然な声と表情を引き出すことに成功しています。翔太役の城桧吏(左利き)の撮影中の成長は物語の時間軸とリンクして感動的ですらあります。

近藤龍人のカメラワーク。隅田川の花火の夜、縁側から夜空を見上げる6人家族の顔を庇の上から俯瞰で切りとる。細野晴臣の音楽も控え目な穏やかさの中に不穏の前兆を感じさせて見事です。

カンヌ映画祭パルムドールを受賞したことで注目され、戦前大日本帝国の伝統的家族観を信奉するみなさんの批判を集めていますが、作中の家族が、表面上はヤンキーカルチャーを支える地元血縁主義に似せて、実際は疑似家族というカウンター構造になっている点において、是枝監督が一枚上手と言えましょう。


2018年6月2日土曜日

レディ・バード

梅雨入り前の晴天。ユナイテッドシネマ豊洲グレタ・ガーウィグ監督作品『レディ・バード』を観ました。

カリフォルニア州サクラメントは州都とはいえLAやサンフランシスコと比べたらだいぶ郊外。カトリック系私立高校3年生のクリスティン・マクファーソン(シアーシャ・ローナン)は、自身を「レディ・バード(てんとう虫)」と名付け、周囲にもその名で呼ばせている、反抗的でちょっとイタい女子です。

母マリオン(ローリー・メトカーフ)は医療関係、カーステレオでスタインベックの『怒りの葡萄』の朗読テープをかけて母娘で泣く。直後に進学のことで口論となり、高速走行中のドアを開けて道路に飛び降り腕を折るレディ・バード。おバカである。

2002年春から2003年初秋の1年半を断片の集積として構成、十代の自意識のイタさ、ころころとめまぐるしく変わる思春期の心情をシアーシャ・ローナンが好演。その横顔はボッティチェッリの絵画のように美しい。

はじめて好きになったダニー(ルーカス・ヘッジズ)が実はゲイだった。それを知って拒絶するレディ・バードだが、未だにロナルド・レーガンを支持している保守的な家族にカミングアウトできず苦悩している姿を見て友情が芽生えたり、里子であるヒスパニック系の兄ミゲル(ジョーダン・ロドリゲス)が正社員の職に就けたり、リサイクルショップで買ったプロムのドレスをマリオンが素敵に仕立て直したり。初監督の女優グレタ・カーヴィクのマイノリティに対する目線が優しいです。

高校教師たちも皆善人ばかり。病身の神父(スティーヴン・ヘンダーソン)の代役でフットボールのコーチ(アンディ・バックリー)が急遽ミュージカルの指導をすることになり、配役に背番号をつけて、黒板でフォーメーションを指示するシーンには大爆笑。

2001年9月11日のNY同時多発テロに続く、イラク進攻、アルカイダやタリバンとのゲリラ戦など、当時の世界の不穏な空気。カーラジオから流れるアラニス・モリセットの"Hand In My Pocket" に甘酸っぱい気持ちになりました。


2018年5月26日土曜日

海が見えたら

5月最後の土曜日は薄曇り。サーキットイベントでごった返す真昼の雑踏を抜けて、下北沢440で開催されたクララズ1stミニアルバム『海が見えたら』発売記念ライブに行きました。

クララズクララズさん(左利き)のソロユニット。ノラバーメイツでもありますが、今年の2月にサトーカンナさんワンマンライブに行った際に、お客さんで来ていたのをカンナさんに紹介してもらったのが初対面でした。

「ひとりでもクララズ、たくさんでもクララズ」ということで、本日大半の楽曲はレコーディングメンバーでもある橋本あさ子さん(Dr)、アダチヨウスケさん(Ba)、渡瀬賢吾さん(Gt)との4ピースで演奏しました。小柄で華奢なクララズさんが持つとテレキャスターがとても大きく見えますが、そのバンドサウンドにも大きなグルーヴがあります。「マイケル・ショート」「Just Coffee For Now!」の2曲にはhenrytennisのホーンセクションが加わり更にスケールアップする。

ギターポップという括りからザ・パステルズ等のアノラックバンド群に喩えられ、またご自身も好きなのだと思いますが、僕はコートニー・ラヴ的なアティテュードを感じました。コートニー・ラヴからエロさと挑発性を剥がしたら、がっしりとした音楽の骨格が現われたみたいな。半ひねりの効いたソングライティングとアレンジ、直線的な発声もさることながら、スーパークールなステージ運びが超格好良かったです。

オリジナリティある共演の2バンド。Eupholksは5人編成。ザ・バンド風のレイドバックミュージックとノイジーなシューゲイザーサウンドの奇妙な同居をカウンターテナーの美声でまとめ上げる。アレンジのアイディアが豊富で、Uさんのドラムスもイマジネーションに溢れています。

henrytennisはアルト/ソプラノサックス、トロンボーンの3管を配する7人編成。インストロックバンドと自己紹介していましたが、音楽の基盤は1970'sジャズロックに2000'sポストロックをまぶしたテイスト。リズムセクションのあえて整理していない音像はグランジ以降のものでした。

 

2018年5月19日土曜日

しあわせの絵の具

サリー・ホーキンス主演映画の『シェイプ・オブ・ウォーター』じゃないほう。アシュリング・ウォルシュ監督作品『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』をキネカ大森で観ました。

1930~70年代、カナダ東部ノバスコシア州の港町マーシャルタウン。若年性関節リウマチで四肢に軽い障がいを持つモード・ダウリー(サリー・ホーキンス)。兄チャールズ(ザカリー・ベネット)が借金の肩に生家を売却したため叔母アイダ(ガブリエル・ローズ)の世話になっていたが、厄介者扱いされる日々であった。

ある日立ち寄った雑貨店で家政婦を探している魚の行商人エベレット・ルイス(イーサン・ホーク)と出会う。孤児院出身で無学で粗野。貧しい小屋に強引に押しかけ住み込みで働くことになる。

原題は"Maudie"。カナダのナイーブ派の画家モード・ルイスの実話は邦題から想像されるような胸キュンほんわかストーリーではありません。生活は厳しく、貧困と偏見、無理解と暴力に満ちています。タフな環境下、不器用なふたりが、反目し合いながら何十年という時間をかけて互いを思いやるようになる。

主演ふたりの真に迫る演技にウォルシュ監督のオーセンティックかつセンシティブな演出が光ります。海辺の寂しい一本道。エベレットの行商の手押し車をびっこを引きながら必死で追いかけるモード。次には並んで歩くふたり。しばらく経つと手押し車に乗せて運ばれるモード。ロングショットを夕日の逆光がまぶしく照らします。

はじめは読み書きできなかったエベレットが物語の終盤では自分たちの新聞記事を読むことができるようになっている。晩年症状が進行して不自由な指で絵筆を握るモードが一瞬口ずさむのはザ・ビートルズの"Let It Be" でしょうか。

カナダの至宝カウボーイ・ジャンキーズマイケル・ティミンズが担当したサウンドトラックが素晴らしいです。ほぼギターインストですが、ニューヨーカーのサンドラ(カリ・マチェット)にはじめて絵の注文をもらうシーンでかかる Mary Margaret O' Hara でスクリーンいっぱいに色彩が溢れる。

モードとエベレット本人たちがモノクロフィルムで登場するエンドロールで懐かしいマーゴ・ティミンズの歌声が流れます。1988年の奇跡の名盤 "The Trinity Session" には何度も何度も孤独な夜を救われました。


2018年5月5日土曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 ③

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018』最終日。今日は午後から池袋スタートです。

■公演番号:T323
パリのモーツァルト』 
東京芸術劇場シアターイーストボウルズ) 14:00~14:45
梁美沙(ヴァイオリン)
ジョナス・ヴィトー(ピアノ)
モーツァルト:「ああ、ママに言うわ」による変奏曲(キラキラ星変奏曲)K.265
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第21番 ホ短調 K.304
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第23番 ニ長調 K.306

初日に国際フォーラムで聴いたM156『パリのモーツァルト』と同プログラムです。一昨日すこし気になったピアノのミスタッチが改善されてヴァイオリンの美しい音色により集中することができました。ふたりの音量バランスもよくなった気がするのは座席のせいでしょうか。K.304第2楽章の澄んだロングトーンに心洗われる心地になりました。

■公演番号:T314
東京芸術劇場コンサートホールブレヒト) 1715~18:00
梁美沙(ヴァイオリン)
廖國敏(リオ・クォクマン)指揮 シンフォニア・ヴァルソヴィア
ノスコフスキ序曲「モルスキェ・オコ」
ブルッフスコットランド幻想曲 op.46

1曲目のノスコフスキで、このオケこんなに音デカかったっけ、大丈夫かな、と思いましたが杞憂でした。ブルッフのスコットランド幻想曲はブラームスの盟友ヨーゼフ・ヨアヒムが初演した実質的にはヴァイオリン協奏曲。難曲ですが、大ホールらしく音楽を大きく捉え、且つ細部まで行き届いた見事な演奏でした。ドイツの作曲家が英国を描いた作品をマカオの指揮者が振るポーランドのオーケストラとパリ在住の在日コリアンのソリストが熱演する。音楽が国境を越える瞬間。ちょっとだけ夢を見てもいいかな、と思えます。

■公演番号:M337『ソワレ・スカルラッティ
東京国際フォーラム ホールB5(ツヴァイク) 21:00~21:45
ピエール・アンタイ (チェンバロ)
スカルラッティ:ソナタから

3日間の音楽祭の締めにバロックで気持ちを整えて、と臨みましたが、想定外の自由な展開に。演目はあらかじめ決められておらず、555曲残されているソナタから即興的に選ばれる。45分の予定時間を30分以上延長して約20曲。アンコールはJ.S.バッハ無伴奏ヴァイオリン・パルティータから。学究的な一方ドラッギィでもあり、執拗に反復される音階によりトランス状態に。バロックとは歪み。その深淵を覗いた気分です。

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018。生演奏に浸った3日間。運営スタッフやボランティアのみなさん、今年もありがとうございました!

 
 

2018年5月4日金曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 ②

晴天。昨日よりすこし気温が低め。5月の連休恒例のクラシック音楽フェス『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018』、2日目の5/4は有楽町東京国際フォーラムで3公演を聴きました。

■公演番号:M251 
東京国際フォーラム ホールD7(ネルーダ) 9:30~10:15
マリー=アンジュ・グッチ(ピアノ)
ショパン:ロンド 変ホ長調 op.16
ラフマニノフ:練習曲集「音の絵」op.39から 第4、5番
ショパン:スケルツォ第2番 変ロ短調 op.31
ショパン:スケルツォ第3番 嬰ハ短調 op.39

ショパンのop.16とラフマニノフは昨日と同じですが、プロコフィエフに代えてショパンのスケルツォを2曲演奏。ピアノの音色が多彩でどの音もきらきら輝いているように聴こえました。楽曲の解釈に優れているのでしょう。完璧な技巧の先に見えるのは演奏者の内面ではなく、作曲者の人生のような気がします。アンコールはサン=サーンストッカータop.111-6でした。

■公演番号:M232『中世の伝統歌Ⅱ』 
東京国際フォーラム ホールB5(ツヴァイク) 12:15~13:00
アンサンブル・オブシディエンヌ

ホールの扉からリコーダーを先頭にチターやダルシマーなどを演奏しながらステージに上がりました。中世ヨーロッパや中近東の古楽器を古い絵画やタペストリーを手掛かりに再現した5人組(歌、打楽器、木管楽器、弦楽器×2)のアンサンブルが13~15世紀の音楽を奏でます。ケルト調の旋律に乗せて古語で歌われる信仰、悲恋、戦争、投獄。酔っ払いの小芝居。ファンタジーで読む吟遊詩人が眼前に現われたかのようです。

■公演番号:M227『Ararat ~アラーラ(アララト山)~』 
東京国際フォーラム ホールB7(クンデラ) 21:00~21:45
カンティクム・ノーヴム

女声1、男声2、縦笛2、打楽器2、弦楽器5、計12名の小楽団。民族楽器によるアルメニアのフォークロア。ヴィオラ・ダ・ガンバのドローン(通奏低音)に重なるリュートの低音弦のリフレインが演奏全体の基盤となり、打楽器群の緻密なタイム感と相俟ってウルトラモダンな音像を構築しています。リコーダーの低く柔らかい音色、三声の掛け合い。1970~80年代のアンビエントミュージックの原型ともいえる美しい音楽です。

中日の今日は西欧以外の伝統音楽の普段はなかなか聴く機会の少ない生演奏を楽しみました。LFJならではの好企画だと思います。


2018年5月3日木曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 ①

有楽町の東京国際フォーラムを中心とした丸の内エリアで毎年この時期に開催されていたクラシック音楽フェス『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン』が、今年から『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO』と名を改め、開催エリアを池袋にも広げました。

今年のフェス全体のテーマは「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」。様々な理由で母国を離れた作曲家の作品によるプログラム構成。各ホールには亡命した文学者の名前が付けられています。

3日間で有料公演を9つ、初日の5/3憲法記念日は3公演を鑑賞しました。

■公演番号:T134 
東京芸術劇場シアターウエストツェラン) 16:30~17:15
マリー=アンジュ・グッチ(ピアノ)
ショパン序奏とロンド 変ホ長調 op.16
ラフマニノフ練習曲集「音の絵」op.39から 第4、5番
プロコフィエフピアノソナタ第6番 イ長調 op.82

欧州クラシック音楽界で最注目の二十歳は前評判以上でした。フィジカルの強靭さと精妙な技巧と陰翳の深い抒情性を兼ね備えている。ショパンの包み込むような優しい響き、ラフマニノフのドラマチックな表現力、プロコフィエフの構築性。まったく集中が途切れることなく、しかもひとつひとつの音色が澄んでいる。アンコールで弾いたラヴェルの「左手のためのコンチェルト」カデンツァも鮮烈でした。

■公演番号:M156『パリのモーツァルト』 
東京京国際フォーラム ホールD7(ネルーダ) 19:10~19:55
梁美沙(ヴァイオリン)
ジョナス・ヴィトー(ピアノ)
モーツァルト:「ああ、ママに言うわ」による変奏曲(キラキラ星変奏曲)K.265
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第21番 ホ短調 K.304
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第23番 ニ長調 K.306

LFJ2015で初めて聴いて虜になり、昨年もフォローしたパリで活動するヴァイオリンの梁美沙さんが今年も来日してくれました。18世紀のヴァイオリンソナタは鍵盤から弦に主役が移り変わる端境期。繊細な色彩を一筆ずつそっと置くような彼女のヴァイオリンに似合います。演奏中は独特の伸びあがるように優美な動きで大きく見えますが、巨漢のヴィトー氏と並ぶとびっくりするほど小柄で華奢です。

■公演番号:M167 
東京国際フォーラム ホールG409(デスノス) 20:30~21:15
オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)
フローラン・ボファール(ピアノ)
マルティヌーチェコ狂詩曲
ストラヴィンスキー:「妖精の口づけ」から ディヴェルティメント
シェーンベルク幻想曲 op.47
クライスラーウィーン風狂想的幻想曲

梁美沙さんの師匠筋にあたるシャルリエ氏はサッカー元ポルトガル代表ルイス・フィーゴ似のハードボイルドタッチ。ピアノのボファール氏はMr.ビーンを2倍縦長にした感じ。手練ふたりがしちめんどくさい現代曲を笑顔で弾き倒す。マルティヌーのピアノの硬質な空洞感。クライスラーの重音を多用した懐古的な旋律。20世紀は既にノスタルジーの中にあるんだなあ、と思いました。




2018年4月30日月曜日

俊読2018

夏日。原宿クロコダイルで開催された桑原滝弥さんが主催する谷川俊太郎トリビュートライブ『俊読2018』に行きました。昨年は出演者として関わったこのショーをひとりの観客として堪能しました。

日本戦後詩のラスト・サヴァイヴァー谷川俊太郎氏は現在86歳。3000篇以上の詩作品を発表し、今尚枯れることなく旺盛な創作をし、複数の詩人賞を受賞している。

連帯を呼びかけたり集団に語りかけることを嫌い、あくまでも「個」と対峙し、また自身もどこまでも「個」であろうとするクールな存在感は十代で詩壇に颯爽と登場したときと変わらずにいて、このご時世においては天邪鬼ともいえますが、徹底したその姿勢は感動的でもあります。

僕が十代で彼の作品に触れた当時はそこまで孤高の存在ではなかった。田村隆一吉岡実もいたし、堀口大學でさえ存命だった。

桑原滝弥鈴木陽一レモンジョーダン・スミスAnti-Trench大島健夫森下くるみ馬野ミキ小林大吾暁方ミセイ、ジュテーム北村。20代から60代まで、性別も国籍もバックグラウンドもさまざまな10組の出演者がカバーする。作品のセレクションやアレンジの仕方もさることながら、ステージに上がり、マイクに向かい、声を発し、ステージを降りる、その振る舞いのすべてに、谷川俊太郎という名の「ポエジーのメートル原器」とでもいうべきものが当てられているように見えます。

小林大吾さんの明晰さ、暁方ミセイさんのテキストの正確さ、強さとチャーミングな表情のギャップ、ジュテーム北村氏の企まざる批評性、等々。どのアクトも見ごたえ、聴きごたえがありました。

それぞれがそれぞれの厚かましさ(誉めてます)をもって持ち時間を構成してくるなかで、完全に素の声と佇まいを置いた森下くるみさんに僕は一番好感を持ち、また感銘を受けました。100人以上の視線に至近距離で晒されながらなかなかできることではないし、一方で演劇や音楽など他の舞台芸術のプロトコルにおいては成立しづらい、朗読ならではの表現だと思います。

俊読2019は札幌で開催、出演者のオーディションライブも事前に開かれるとのこと。そして谷川俊太郎氏は今秋開催されるウエノ・ポエトリカン・ジャム6のヘッドライナーに決定。まさにリヴィング・レジェンド・オブ・ポエトリーと言えましょう。

 

2018年4月28日土曜日

同行二人#台東区寿二丁目 A POETRY READING SHOWCASE Ⅷ

4月最後の快晴の土曜日、田原町 Readin' Writin' BOOKSTOREにて『同行二人#台東区寿二丁目 A POETRY READING SHOWCASE Ⅷ』が開催されました。ご来場のお客様、Readin' Writin' 店主落合博さん、皆様ありがとうございました。

店主が吟味した本に囲まれ、マイクを通さない生声で、ひとりひとりの顔の見える空間へ言葉を放つ。それが僕にとってのポエトリー・リーディングの原点です。表参道PLAYBILL、赤坂Huckleberry Finn、西荻窪Heartland、渋谷Progetto、etc.. 1997年に初めてステージに立った頃に朗読をさせてもらった今となっては伝説的な書店とそこに集った人たちの記憶が蘇りました。

材木倉庫をリノベーションしたReadin' Writin' さんは、かつて朗読したそれらの店よりも広く天井も高いのですが、とても自然で柔らかく声が響く素敵な空間でした。

1. ANOTHER GREEN WORLD
2. スターズ&ストライプス
3. 名前
4. ケース/ミックスベリー
5. 永遠の翌日
6. Here's Where The Story Ends / The Sundays
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7. 無題(薄くれない色の闇のなか~)
8. だから泣くなと言ったのに村田活彦
9. International Klein Blue
10. 新しい感情
11. Planetica(惑星儀)
12. We Could Send Letters / Aztec Camera

店名にちなんで、ザ・サンデーズの1stアルバム"Reading, Writing And Arithmetic" の2曲目"Here's Where The Story Ends" の歌詞を訳したのは、お店と店主に対するリスペクトを伝えたかったからです。

ラッパーFcrow氏、役者瀬戸口俊介氏、詩人道山れいん氏の演出で観客参加型のパフォーマンスを行った村田活彦さんの前半部分。複数者出演ライブの限られた時間枠でワークショップ要素を取り入れる難しさはありましたが、彼が毎回新機軸にチャレンジしてくれるおかげで、いつも通りにやっても僕のリーディングの前回や過去との違いが際立つ。そういう意味では悪くないコンビネーションなのかもしれません。

村田さんのアシスタント役も兼ねた道山れいん氏との二声朗読のグルーヴで僕の出番前の客席を温めてもらえたのも助かりました。夜中に水を撒く、オーイェー!

前回の清澄白河どうぶつしょうぎcafeいっぷくさんでふりだしに戻り、北北西に進んだ8回目の同行二人。来年は更に西に進むのか、それとも北へ? みなさんにとっても我々にとっても愉快な旅路でありますように!