2012年8月17日金曜日

bar PORTO 前川朋子(vo)、 前原孝紀(g)

東京の最高気温がこの夏一番の36℃を記録した金曜日の夜。日暮里のbar PORTOまえかわとも子さんの歌を聴きに行きました。The Xangosが「火」、ソロの弾き語りが「風」だとしたら、この店で聴かせるデュオは「水」のイメージ。前原孝紀さんのリリカルで繊細なギターに乗せて、どこまでも丁寧に唄います。

前半は「出会いと別れ」をテーマに9曲。15分ほどの休憩を挟んで、後半はサマーソングスを8曲。アントニオ・カルロス・ジョビンミルトン・ナシメントなどのブラジリアン・ナンバーと日本語曲と半々で構成されています。

まえかわさんの声質は、メゾピアノで最低3種類、フォルテが2種類以上、その他に語りとボイスパーカッション的な効果音とを使い分けできる、高度な技巧を持つ歌い手です。しかもその技巧が、技巧を聴かせる目的に使われていません。唄うことがどれだけ好きか、ひとつひとつの曲に真剣に向き合って、表現を高めようとしているか、どれほど切実に共有したいことがあるか、彼女のライブパフォーマンスを観たすべての人に伝わるはずです。

僕はポルトガル語の歌詞の意味は理解できませんが、曲間の小さな解説と、歌い手であるまえかわさんの声、身ぶり、顔の表情、それらのテクスチュアから、その歌が伝えようとしている、歌詞の主人公のコンディションもしくはエモーションをまざまざと体感することができます。それってすごいことだと思いませんか?

言葉の通じない土地に行って、それでも何かを伝えなくてはならないとき、身ぶり手ぶり、声、表情を使ってなんとか意思疎通をしようとする。まるで言葉を覚える前の赤ん坊が全身を震わせて何かを伝達しようとしているみたいに。みなさんにもそんな経験があると思います。

そんな駄々っ子のように一所懸命なところと、会場の空気全体を優しく包み込むような大人の女性らしいところと。結果的に同時に体現してしまう。そして観客ひとりひとりに手渡される歌は高度な技巧に裏打ちされた作品。むしろそれは歌というよりも、虫の鳴き声や鳥のさえずりに近いのかもしれません。唄っている姿がとにかく楽しそうで、2時間半唄って、アンコールが済んでもまだ唄い足りない感じ。その姿に客席も幸せな気持ちになります。

※タイトルと本文の名前の表記が異なります。そのことについて以前ご本人におうかがいしたのですが、あまりこだわりはお持ちでないようですので、僕も適当に使い分けています。

2012年8月16日木曜日

Poemusica Vol.8

東京は立秋を過ぎても残暑の日々が続きます。8月第3木曜日、下北沢Workshop Lounge SEED SHIPで"Poemusica Vol.8"が開催されました。サブタイトルに「闇鍋ピアノ」と冠して、まったくタイプの異なる3人の歌姫を迎え真夏の夜をにぎやかに。

河内結衣さんは山口県出身の23歳。小柄でふんわりした雰囲気のアイドル的といってもいいヴィジュアルに反して、明確なタッチのピアノとハードボイルドなボーカルを聴かせます。即興のピアノソロ2曲に、ベースの大石彬さん、カホンの並木さきさんが加わったトリオ編成でボーカル曲みっつ。クラシック、ジャズ、コンテンポラリーと音楽的な引き出しを多く持つ、才能溢れる人。アンサンブルの精度を上げれば、もっとずっとずっと高いところまでいける。そんな可能性を感じさせる演奏でした。

画像は島崎智子さん。孤高の人。やさぐれとせつなさの波状攻撃。前夜、寝違えて曲がらないうなじに銀色に輝くせんねん灸を6個貼り付けてピアノに向かう姿は、メタリックなパーツを搭載したサイボーグのよう。粒立ちの良い軽やかなピアノに乗せて唄う歌詞はディスコミュニケーションをテーマにしながら、ヒューマンでコミカルでアナーキー。大阪弁のMCも面白く、客席の笑いを取っていましたが、僕は彼女の歌に、手の届かないところにあるものに対する切望と希求、そして絶望を感じずにはいられませんでした。

田野崎文さんは前回に引き続きPoemusicaは二度めの登場です。今回はスローナンバー中心にしっとりと聴かせます。すらりとしたスタイルと華やかな笑顔を持つ女の子なのですが、なぜかいつも静寂を纏っているような、独特のオーラを放っています。どんなに強く鍵盤を叩いても、エモーショナルに歌いあげても、その周りにだけいつも静かな風が吹いているみたいに。江の島の海で夕陽を眺めながら作ったという新曲もよかったです。

そしてLittle Woody。新作は彼の所属するバンドliquidの1stアルバムのPV。いつものキュートなだけじゃない、ワイルドでスタイリッシュでタイトな魅力を発見しました。MCは相変わらずのユルさでしたが(笑)、そこも好き。

僕は今回は「夏休み」をテーマに3篇の詩を自作のブレークビーツに乗せて朗読しました。まず「八月の光」。河内結衣さんが寄せては返す波のようにダイナミックなピアノソロを即興で添えてくれました。

そして現在来日中のザ・ビーチボーイズにリスペクトを込めて"God Only Knows"のカワグチタケシ訳。この詩には、島崎智子さんと田野崎文さんがメロディをつけて唄ってくださいました。それぞれ特徴の出た素敵な曲でしたが、それは会場にいたみんなとだけ共有したい秘密です。

最後に「都市計画/楽園」。ちょっと血を吸われたぐらいで、ちょっと痒いぐらいで蚊を殺すべきか、終演後何人かと議論に(笑)。

次回"Poemusica Vol.9"は9月20日(木)に開催。Shuhei Yasudaさん(Dancing Rabbit)、中村ピアノさんbackground of the musicさん、そしてLittle Woodyとカワグチタケシが「お月見」をテーマにお届けします。是非皆様お誘い合わせのうえお越しください!


 

2012年8月11日土曜日

おおかみこどもの雨と雪

ダニー・ボイルが監督したロンドン五輪の開会式は、成熟した大人のエンターテインメントでした。もしも日本で開催するようなことになってしまったら細田守監督がいいな。そんな薄曇りの土曜日。ユナイテッドシネマ豊洲で『おおかみこどもの雨と雪』を観ました。

夜はクリーニング店でバイトしながら、国分寺の安アパートから国立の大学に通う花(声:宮崎あおい)は、モグリの聴講生と知り合い恋に落ちる。ところが彼は狼男で、生まれてきたふたりのこどもはおおかみこどもだった。感情が昂ぶったり、ちょっとしたきっかけでオオカミに姿を変えてしまう子供たちを都市で育てるのがだんだん困難になり、北アルプスの麓の古民家に転居する。

細田監督の前々作『時をかける少女』、前作『サマー・ウオーズ』はいずれも数日間の出来事を凝縮して描いた物語ですが、『おおかみこどもの雨と雪』のなかでは12年の時間が流れます。けっして短くない時間の経過のなかで、登場人物は成長し、価値観も、関係も変わります。

幼いころはわがままで好奇心旺盛、社交的な姉の雪は学校という人間社会にコミットすることで自らの居場所を確立しようとする。無口でメンタルの弱い弟の雨は森に入って行くことで野生の叡知を得ようとする。その手前。アイデンティティを確立するまえの、居心地良さに包まれた不安定な時間。この居心地良さが逆にくすぐったくて、かさぶたを剥がすように自分で壊したくなってしまう感じを、僕も記憶しています。

それを見守る母親の花は、上の画像の劇場チラシにみるような強い母親像ではありません。いつも不安で、迷っていて。でもけっして笑顔を絶やさず、後悔をしません。山にはじめて雪が積もった朝。うれしくて斜面を転げるように駆け下りながらオオカミの姿に変わる姉弟。それを追いかける花は人間。その姿はぎこちなく、不格好で、だからこそ愛おしい。

この作品の背景の自然描写の美しさは、ジブリ映画を超えたといっても過言ではありません。花が狼男の正体を知らされる街を見下ろす丘で吐く白い息。雪が生まれた夜に静かに街に舞い降りる雪片。何度も象徴的に画面に降る強い雨。雨上がりの蜘蛛巣についた水滴。鍋から立つ湯気。繊細な作画は日本のアニメーション技術の到達点を示しているのではないでしょうか。

そして丁寧に描かれたディテール。主人公の本棚の背表紙に、高野文子棒がいっぽん』、『草野心平詩集』、『林と思想』(宮沢賢治の詩作品の題名)を見つけました。『時をかける少女』『サマー・ウオーズ』に続いて、ヒロインの入浴シーンもちゃんとあります。

 

2012年8月4日土曜日

ノラオンナ&見田諭、河合耕平

真夏の渋谷駅前の喧騒から10分。桜丘の坂道を上って下った静かな住宅街にあるCabotteはカウンター十数席の小さなワインバー。 ノラオンナさんの歌を聴きに行ってきました。前回5月銀ノラと同じくギタリストの見田諭さんとのデュオです。

まだざわついているカウンターに、小さく小さく爪弾かれるウクレレのイントロダクション。低く甘くすこしかすれた声で唄い出す「こくはく」。生成りのノースリーブワンピースに腰まで伸びた真っ直ぐな黒髪。見田さんのギターがベースラインをサポートしつつ、時折はっとするようなオブリガートを被せる。

わずか数秒で店内の空気を濃密に変えてしまう。ベースメント・ミュージック。地下室の音楽。真夏の海や太陽を唄っても、ノラさんの声には、真夜中に地下室から聴こえてくるような、密室の響きがあります。

そして、自然と背筋が伸びるような心地良い緊張感と穏やかで大きな波に揺られているような包容力。研ぎ澄まされた演奏に無駄のない吟味され尽された言葉。クオリティだけをどこまでも追求していったら、結果的にエンターテインメントになってしまっていたという清廉さ。それが彼女の音楽の魅力です。

少しおとなになりなさい」「パンをひとつ」「流れ星」といった初期の名曲。殊更今夜は「やさしいひと」が心に染みました。はじめて聴いた「今日は日曜」、アンコールで演奏されたワルツの新曲「タクト」も楽しかった。

共演した河合耕平さんもよかったです。ガットギターの弾き語りで、テンションを多用したコードと複雑な転調を持つ音楽を、しっかりしたピッキングとナチュラルな歌声でさらっと聴かせる。とてもプライベートな感触の音楽。たとえば、クラスで一番ギターの上手な男子が、自室のベッドに腰掛けて、ガールフレンドひとりに向けて演奏しているような。GPS愛を唄った「衛星の知らせ」など歌詞も面白かったです。

追加オーダーしたミュスカデもきりっと美味しく冷えて、ほんのりほろ酔い気分で明るい月を見上げながら、駅までの坂道を歩いて帰りました。