2012年6月30日土曜日

きっとここが帰る場所

今年の東京は空梅雨ですか? 蒸し暑さだけはすこしだけ感じるようになりました。そんな雨期の土曜日、ヒューマントラストシネマ有楽町で、パオロ・ソレンティーノ監督作品『きっとここが帰る場所』を観ました。

ユース・カルチャー、ポップ・カルチャーのスターの寿命は短い。U2松田聖子みたいなモンスターは例外として。引退したスポーツ選手が解説者や焼き鳥屋になるみたいに、どうやって生活しているのかな、という疑問(興味?)は以前からなんとなく抱いていました。

アイルランドのダブリンで悠々自適の印税生活を送る元ロックスター、シャイアンをショーン・ペンが演じていますが、役柄への没入が半端無い。ビジュアル・イメージは、ザ・キュアロバート・スミスそのもの(実物のザ・キュアは1978年の結成以来、一度も解散せず現在もバンド活動中)。

予告編だと、父親の死を契機に始まる旅と成長の物語、って感じですが。実はそれは作品をメジャー配給に乗せるための方便に過ぎず。実態は、変てこな設定とユーモラスでアレゴリー満載の脚本、斬新なカメラワークと音響処理で魅せるコンテンポラリー・アート。どちらかといえば、フェデリコ・フェリーニオタール・イオセリアーニ監督作品の感触に近い。

ロードムービーの体裁を整えるためか、後半はピックアップ・トラックでアメリカ各地を転々としますが、前半1時間弱はダブリンが舞台です。ショッピングモールに入ったらたまたまインストアライブをやっていて、シャイアンの姿を見た駆け出しバンドのメンバーに緊張が走るシーンや、地元の悪ガキに無理やり肩を組まれ写メを撮られるシーンは笑えます。

この映画の原題は"This must be the place"。
Talking Headsの1982年の名曲から採られています。オリジナルデイビッド・バーンのソロ(劇中ライブ)、シャイアンのギター伴奏と小太りの子役の歌、エンドロールのグロリア(女性ボーカル)など、複数バージョンを聴くことができるのも楽しい。とても良い曲です。


2012年6月21日木曜日

Pemusica Vol.6

はやいもので、このシリーズが始まって半年が経ちました。季節も、真冬から春、初夏へと巡り、この日は夏至。北半球では一年で一番短い夜、下北沢Workshop Lounge SEED SHIPで"Poemusica Vol.6"が開催されました。

いっくんこと伊藤masa辰哉さんはピアノ弾き語り。事前に聴いていたCD"Nature Songs"の印象は、Harold Buddを思わせるニューエイジ系のソフトなピアノ曲と、優しい声質を活かして電子鍵盤楽器をフィーチャーしたボーカル曲が半々。実際のライブはそんなカテゴライズから逸脱しまくった、自由で楽しい音楽でした。ラジオ体操の変奏曲が飛び出したかと思えば、客席から音符をふたつもらってメランコリックな即興曲。中島みゆき「時代」のカバー、自作のララバイ。と、自由自在。普段はボーカリストのサポートとして演奏する機会が多いそうですが、センターを務めたときの瞬発力は抜群です。

そして、kainatsuさん。センターに立つために生まれてきたような存在感があります。いっくんとは対照的にシャープな音色のピアノと、ざっくりしたギターに乗せて、きらきらとまっすぐに、明確な発声で歌います。小顔に澄んだ大きな瞳、長いまつげ。ショートカットにピンクのメッシュ。小柄なスタイルをオーバーサイズのワンピースで包み、足元はドクターマーチン。どこをとってもキュートで、こんな女の子がクラスにいたら絶対片思いしてた(笑)。それだけでなく、トラウマにもしっかり向き合い、相対化して、作品に磨き上げることのできる才能の持ち主です。新曲「フェイスブックとチューインガム」「グレーゾーン」は特に素晴らしかった。曲作りは歌詞先行とおっしゃっていましたが、その華奢な肩に背負ってきたものを想い、歌声を聴いていると、きゅんとせずにはいられませんでした。

Little Woody のアニメーションは今回豪華4本立て。kainatsuさんには「ジブリ映画からそのまま出てきたみたいな人」と言われていましたが、ほんとそう思います。ヴィジュアルだけでなく内面までも。毎月会うごとに、ちょっとずつ親近感が増していくなあ。実の兄妹よりも実際多く会っているわけですが(笑)

僕はこの日はふたつのステージを。前半は、6月6日に91歳で亡くなったアメリカの小説家レイ・ブラッドベリの短編「万華鏡」からの抜粋と、自作の「舗道」「夕陽」「答え」という3つのソネットを朗読しました。「答え」は、ブラッドベリの「オリエント急行、北へ」から一行引用しています。後半は夏至にちなんで、プチ・キャンドルナイトに。会場の照明と空調を5分間だけ全て落としてもらい、ろうそくの灯りで、「ガーデニアCo.」という、ある夏至の一日を描いたトリプル・ソネットを読みました。

僕の朗読については、kainatuさんと来月Poemusicaで共演させていただく田野崎文さんが、それぞれのブログで素敵に紹介してくださっています。それ以上に僕から付け加えることはありません。どちらもちょっと身に余るくらい。ありがとうございます!

*kainatsu official blog "AI girl! YUME girl!"
*田野崎文 official blog "気のむくままに…"

来月も第三木曜日、7月19日に同じくSEED SHIPで。Poemusica Vol.7が開催されます。おなじみLittle Woody と僕に加えて、田野崎文さんアカリノートさんの出演が決まりました。田野崎さんのご提案で、コラボ企画も実現しそう。テーマは「小さな恋のメロディ」。みなさまのお越しをお待ちしています!


2012年6月9日土曜日

ミッドナイト・イン・パリ

大傑作。雨の土曜日。梅雨入りした東京の最高気温は20℃。有楽町マリオン9F丸の内ピカデリーで、ウディ・アレン監督作品『ミッドナイト・イン・パリ』を観ました。

1980年代までの作品はそれなりに追いかけていたのですが、ウディ・アレンの映画を観るのはショーン・ペンが主演した 『ギター弾きの恋』(2001年日本公開)以来です。

オーウェン・ウィルソン(左利き)演じるハリウッドの脚本家ギル・ペンダーが2010年に婚約者と訪れたパリで、1920年代にタイムスリップします。タイムマシンは古いルノーのタクシー。最初の夜はゼルダとスコット・フィッツジェラルド夫妻にジャン・コクトーのパーティへ連れて行かれます。そこでピアノ弾き語りをしているのがコール・ポーター。パーティを抜け出して行ったカフェでひとりワインを飲んでいる無精髭のアーネスト・ヘミングウェイ。全編そんな感じのお話です。

ガートルード・スタインパブロ・ピカソアンリ・マティスサルバドール・ダリマン・レイルイス・ブニュエルT.S.エリオット。更に1890年代へ馬車でタイムスリップした先には、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックエドガー・ドガポール・ゴーギャンも登場し、このへんまで来ると俳優が役名を名乗るだけで映画館内爆笑。よくモノマネで「こんばんは、森進一です」みたいのあるじゃないですか。あれに近い。

次々に画面に登場する有名人たちのキャラ設定がベタでわかりやすい。フィッツジェラルドは洒脱で気弱、ヘミングウェイは常に暑苦しく、ダリはサイの話しかしない(笑)。

そのヘミングウェイが「移動祝祭日」と呼んだ1920年代のパリ。第一次世界大戦と世界大恐慌に挟まれたつかの間の輝き。もちろん、エンドロールに名前が載る一流有名人だけではなく、芽の出なかった芸術家もいれば、労働者もいたはず。でも、あえてそこには目を向けず、シンプルな筋立てに徹した演出がお見事。ザッツ・エンターテインメント。映画館の暗闇でスクリーンに向き合う時間ぐらいは、現実を忘れたっていいじゃない?

2010年も、1920年も、1890年も、パリの街並みはいつも美しい。ヘミングウェイが通ったカフェはコインランドリーになってしまったけれど、それ以外で変わったのは、人々の服装と自動車ぐらい。あと、ウディ・アレンの映画はいつも上映時間がちょっと短めで、この映画も約90分です。コメディは少々コンパクトで、もうちょっと観たいなっていうぐらいがちょうどいいな、と思いました。


 

2012年6月3日日曜日

レンタネコ

明け方の雷雨が上がって、涼しい日曜日。銀座テアトルシネマで、荻上直子監督作品『レンタネコ』を鑑賞しました。監督の前作『トイレット』にも、センセーという名の猫が重要な役どころで出ていますが、今回は17匹の猫が出演ということで。

市川実日子演じる主人公は、幼いころから猫(だけ)に好かれるタイプ。祖母を2年前に亡くしてから、木造一戸建にひとりで暮らし、「レンターネコ、ネコネコ。さびしい人に猫貸します」と、多摩川土手で猫6匹を乗せたリアカーを引いて行商しています。

そこで出会う4人のクライアントとの物語。4人それぞれの心に開いた穴を、ゼリーにスプーンで開けた穴、靴下の爪先に開いた穴、ドーナツの穴、蟻の巣穴に象徴させて、丁寧に、且つ適度にユルく描いたファンタジーです。猫の貸出しには審査が必要で、前金は1,000円。

クライアントたちは猫と暮らすことによって、一時の充足を得ますが、実生活はやはりうまくいかないことのほうが多い。結局人の心の穴を埋めることができるのは、人か、人が作りだした芸術作品(この映画も含む)しかないのかな、とシニカルなことを考えてしまいました。

隣家の嫌味な主婦を演じた女装の小林克也が最後の最後にほろっとさせます。この映画で山田真歩さんのお芝居を初めて観ましたが、知的で、隙だらけで、チャーミングで、役者としてのポテンシャルを強く感じました。期待大。

市川実日子は派手な色のへんてこな衣装を次々と格好良く着こなし、さすがは元OLIVE専属モデル(当時吉川ひなのの後継)。市井の女子が真似ると怪我するので、やめたほうがいいと思います。それから田中圭くんの顔がやっぱり好きだなあ、と。

画面に登場する猫たちは、みな自由で、立場をわきまえ、自然体で、愛らしいです。猫好きの観客もきっと彼ら彼女らの姿に満足することでしょう。