2018年5月19日土曜日

しあわせの絵の具

サリー・ホーキンス主演映画の『シェイプ・オブ・ウォーター』じゃないほう。アシュリング・ウォルシュ監督作品『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』をキネカ大森で観ました。

1930~70年代、カナダ東部ノバスコシア州の港町マーシャルタウン。若年性関節リウマチで四肢に軽い障がいを持つモード・ダウリー(サリー・ホーキンス)。兄チャールズ(ザカリー・ベネット)が借金の肩に生家を売却したため叔母アイダ(ガブリエル・ローズ)の世話になっていたが、厄介者扱いされる日々であった。

ある日立ち寄った雑貨店で家政婦を探している魚の行商人エベレット・ルイス(イーサン・ホーク)と出会う。孤児院出身で無学で粗野。貧しい小屋に強引に押しかけ住み込みで働くことになる。

原題は"Maudie"。カナダのナイーブ派の画家モード・ルイスの実話は邦題から想像されるような胸キュンほんわかストーリーではありません。生活は厳しく、貧しさと偏見、無理解と暴力に満ちています。タフな環境下、不器用なふたりが、反目し合いながら何十年という時間をかけて互いを思いやるようになる。

主演ふたりの真に迫る演技にウォルシュ監督のオーセンティックかつセンシティブな演出が光ります。海辺の寂しい一本道。エベレットの行商の手押し車をびっこを引きながら必死で追いかけるモード。次には並んで歩くふたり。しばらく経つと手押し車に乗せて運ばれるモード。ロングショットを夕日の逆光がまぶしく照らします。

はじめは読み書きできなかったエベレットが物語の終盤では自分たちの新聞記事を読むことができるようになっている。晩年症状が進行して不自由な指で絵筆を握るモードが一瞬口ずさむのはザ・ビートルズの"Let It Be" でしょうか。

カナダの至宝カウボーイ・ジャンキーズマイケル・ティミンズが担当したサウンドトラックが素晴らしいです。ほぼギターインストですが、ニューヨーカーのサンドラ(カリ・マチェット)にはじめて絵の注文をもらうシーンでかかる Mary Margaret O' Hara でスクリーンいっぱいに色彩が溢れる。

モードとエベレット本人たちがモノクロフィルムで登場するエンドロールで懐かしいマーゴ・ティミンズの歌声が流れます。1988年の奇跡の名盤 "The Trinity Session" には何度も何度も孤独な夜を救われました。


2018年5月5日土曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 ③

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018』最終日。今日は午後から池袋スタートです。

■公演番号:T323
パリのモーツァルト』 
東京芸術劇場シアターイーストボウルズ) 14:00~14:45
梁美沙(ヴァイオリン)
ジョナス・ヴィトー(ピアノ)
モーツァルト:「ああ、ママに言うわ」による変奏曲(キラキラ星変奏曲)K.265
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第21番 ホ短調 K.304
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第23番 ニ長調 K.306

初日に国際フォーラムで聴いたM156『パリのモーツァルト』と同プログラムです。一昨日すこし気になったピアノのミスタッチが改善されてヴァイオリンの美しい音色により集中することができました。ふたりの音量バランスもよくなった気がするのは座席のせいでしょうか。K.304第2楽章の澄んだロングトーンに心洗われる心地になりました。

■公演番号:T314
東京芸術劇場コンサートホールブレヒト) 1715~18:00
梁美沙(ヴァイオリン)
廖國敏(リオ・クォクマン)指揮 シンフォニア・ヴァルソヴィア
ノスコフスキ序曲「モルスキェ・オコ」
ブルッフスコットランド幻想曲 op.46

1曲目のノスコフスキで、このオケこんなに音デカかったっけ、大丈夫かな、と思いましたが杞憂でした。ブルッフのスコットランド幻想曲はブラームスの盟友ヨーゼフ・ヨアヒムが初演した実質的にはヴァイオリン協奏曲。難曲ですが、大ホールらしく音楽を大きく捉え、且つ細部まで行き届いた見事な演奏でした。ドイツの作曲家が英国を描いた作品をマカオの指揮者が振るポーランドのオーケストラとパリ在住の在日コリアンのソリストが熱演する。音楽が国境を越える瞬間。ちょっとだけ夢を見てもいいかな、と思えます。

■公演番号:M337『ソワレ・スカルラッティ
東京国際フォーラム ホールB5(ツヴァイク) 21:00~21:45
ピエール・アンタイ (チェンバロ)
スカルラッティ:ソナタから

3日間の音楽祭の締めにバロックで気持ちを整えて、と臨みましたが、想定外の自由な展開に。演目はあらかじめ決められておらず、555曲残されているソナタから即興的に選ばれる。45分の予定時間を30分以上延長して約20曲。アンコールはJ.S.バッハ無伴奏ヴァイオリン・パルティータから。学究的な一方ドラッギィでもあり、執拗に反復される音階によりトランス状態に。バロックとは歪み。その深淵を覗いた気分です。

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018。生演奏に浸った3日間。運営スタッフやボランティアのみなさん、今年もありがとうございました!

 
 

2018年5月4日金曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 ②

晴天。昨日よりすこし気温が低め。5月の連休恒例のクラシック音楽フェス『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018』、2日目の5/4は有楽町東京国際フォーラムで3公演を聴きました。

■公演番号:M251 
東京国際フォーラム ホールD7(ネルーダ) 9:30~10:15
マリー=アンジュ・グッチ(ピアノ)
ショパン:ロンド 変ホ長調 op.16
ラフマニノフ:練習曲集「音の絵」op.39から 第4、5番
ショパン:スケルツォ第2番 変ロ短調 op.31
ショパン:スケルツォ第3番 嬰ハ短調 op.39

ショパンのop.16とラフマニノフは昨日と同じですが、プロコフィエフに代えてショパンのスケルツォを2曲演奏。ピアノの音色が多彩でどの音もきらきら輝いているように聴こえました。楽曲の解釈に優れているのでしょう。完璧な技巧の先に見えるのは演奏者の内面ではなく、作曲者の人生のような気がします。アンコールはサン=サーンストッカータop.111-6でした。

■公演番号:M232『中世の伝統歌Ⅱ』 
東京国際フォーラム ホールB5(ツヴァイク) 12:15~13:00
アンサンブル・オブシディエンヌ

ホールの扉からリコーダーを先頭にチターやダルシマーなどを演奏しながらステージに上がりました。中世ヨーロッパや中近東の古楽器を古い絵画やタペストリーを手掛かりに再現した5人組(歌、打楽器、木管楽器、弦楽器×2)のアンサンブルが13~15世紀の音楽を奏でます。ケルト風の旋律に乗せて古語で歌われる信仰、悲恋、戦争、投獄。酔っ払いの小芝居。ファンタジーで読む吟遊詩人が眼前に現われたかのようです。

■公演番号:M227『Ararat ~アラーラ(アララト山)~』 
東京国際フォーラム ホールB7(クンデラ) 21:00~21:45
カンティクム・ノーヴム

女声1、男声2、縦笛2、打楽器2、弦楽器5、計12名の小楽団。民族楽器によるアルメニアのフォークロア。ヴィオラ・ダ・ガンバのドローン(通奏低音)に重なるリュートの低音弦のリフレインが演奏全体の基盤となり、打楽器群の緻密なタイム感と相俟ってウルトラモダンな音像を構築しています。リコーダーの低く柔らかい音色、三声の掛け合い。1970~80年代のアンビエントミュージックの原型ともいえる美しい音楽です。

中日の今日は西欧以外の伝統音楽の普段はなかなか聴く機会の少ない生演奏を楽しみました。LFJならではの好企画だと思います。


2018年5月3日木曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 ①

有楽町の東京国際フォーラムを中心とした丸の内エリアで毎年この時期に開催されていたクラシック音楽フェス『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン』が、今年から『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO』と名を改め、開催エリアを池袋にも広げました。

今年のフェス全体のテーマは「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」。様々な理由で母国を離れた作曲家の作品によるプログラム構成。各ホールには亡命した文学者の名前が付けられています。

3日間で有料公演を9つ、初日の5/3憲法記念日は3公演を鑑賞しました。

■公演番号:T134 
東京芸術劇場シアターウエストツェラン) 16:30~17:15
マリー=アンジュ・グッチ(ピアノ)
ショパン序奏とロンド 変ホ長調 op.16
ラフマニノフ練習曲集「音の絵」op.39から 第4、5番
プロコフィエフピアノソナタ第6番 イ長調 op.82

欧州クラシック音楽界で最注目の二十歳は前評判以上でした。フィジカルの強靭さと精妙な技巧と陰翳の深い抒情性を兼ね備えている。ショパンの包み込むような優しい響き、ラフマニノフのドラマチックな表現力、プロコフィエフの構築性。まったく集中が途切れることなく、しかもひとつひとつの音色が澄んでいる。アンコールで弾いたラヴェルの「左手のためのコンチェルト」カデンツァも鮮烈でした。

■公演番号:M156『パリのモーツァルト』 
東京京国際フォーラム ホールD7(ネルーダ) 19:10~19:55
梁美沙(ヴァイオリン)
ジョナス・ヴィトー(ピアノ)
モーツァルト:「ああ、ママに言うわ」による変奏曲(キラキラ星変奏曲)K.265
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第21番 ホ短調 K.304
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第23番 ニ長調 K.306

LFJ2015で初めて聴いて虜になり、昨年もフォローしたパリで活動するヴァイオリンの梁美沙さんが今年も来日してくれました。18世紀のヴァイオリンソナタは鍵盤から弦に主役が移り変わる端境期。繊細な色彩を一筆ずつそっと置くような彼女のヴァイオリンに似合います。演奏中は独特の伸びあがるように優美な動きで大きく見えますが、巨漢のヴィトー氏と並ぶとびっくりするほど小柄で華奢です。

■公演番号:M167 
東京国際フォーラム ホールG409(デスノス) 20:30~21:15
オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)
フローラン・ボファール(ピアノ)
マルティヌーチェコ狂詩曲
ストラヴィンスキー:「妖精の口づけ」から ディヴェルティメント
シェーンベルク幻想曲 op.47
クライスラーウィーン風狂想的幻想曲

梁美沙さんの師匠筋にあたるシャルリエ氏はサッカー元ポルトガル代表ルイス・フィーゴ似のハードボイルドタッチ。ピアノのボファール氏はMr.ビーンを2倍縦長にした感じ。手練ふたりがしちめんどくさい現代曲を笑顔で弾き倒す。マルティヌーのピアノの硬質な空洞感。クライスラーの重音を多用した懐古的な旋律。20世紀は既にノスタルジーの中にあるんだなあ、と思いました。




2018年4月30日月曜日

俊読2018

夏日。原宿クロコダイルで開催された桑原滝弥さんが主催する谷川俊太郎トリビュートライブ『俊読2018』に行きました。昨年は出演者として関わったこのショーをひとりの観客として堪能しました。

日本戦後詩のラスト・サヴァイヴァー谷川俊太郎氏は現在86歳。3000篇以上の詩作品を発表し、今尚枯れることなく旺盛な創作をし、複数の詩人賞を受賞している。

連帯を呼びかけたり集団に語りかけることを嫌い、あくまでも「個」と対峙し、また自身もどこまでも「個」であろうとするクールな存在感は十代で詩壇に颯爽と登場したときと変わらずにいて、このご時世においては天邪鬼ともいえますが、徹底したその姿勢は感動的でもあります。

僕が十代で彼の作品に触れた当時はそこまで孤高の存在ではなかった。田村隆一吉岡実もいたし、堀口大學でさえ存命だった。

桑原滝弥鈴木陽一レモンジョーダン・スミスAnti-Trench大島健夫森下くるみ馬野ミキ小林大吾暁方ミセイ、ジュテーム北村。20代から60代まで、性別も国籍もバックグラウンドもさまざまな10組の出演者がカバーする。作品のセレクションやアレンジの仕方もさることながら、ステージに上がり、マイクに向かい、声を発し、ステージを降りる、その振る舞いのすべてに、谷川俊太郎という名の「ポエジーのメートル原器」とでもいうべきものが当てられているように見えます。

小林大吾さんの明晰さ、暁方ミセイさんのテキストの正確さ、強さとチャーミングな表情のギャップ、ジュテーム北村氏の企まざる批評性、等々。どのアクトも見ごたえ、聴きごたえがありました。

それぞれがそれぞれの厚かましさ(誉めてます)をもって持ち時間を構成してくるなかで、完全に素の声と佇まいを置いた森下くるみさんに僕は一番好感を持ち、また感銘を受けました。100人以上の視線に至近距離で晒されながらなかなかできることではないし、一方で演劇や音楽など他の舞台芸術のプロトコルにおいては成立しづらい、朗読ならではの表現だと思います。

俊読2019は札幌で開催、出演者のオーディションライブも事前に開かれるとのこと。そして谷川俊太郎氏は今秋開催されるウエノ・ポエトリカン・ジャム6のヘッドライナーに決定。まさにリヴィング・レジェンド・オブ・ポエトリーと言えましょう。

 

2018年4月28日土曜日

同行二人#台東区寿二丁目 A POETRY READING SHOWCASE Ⅷ

4月最後の快晴の土曜日、田原町 Readin' Writin' BOOKSTOREにて『同行二人#台東区寿二丁目 A POETRY READING SHOWCASE Ⅷ』が開催されました。ご来場のお客様、Readin' Writin' 店主落合博さん、皆様ありがとうございました。

店主が吟味した本に囲まれ、マイクを通さない生声で、ひとりひとりの顔の見える空間へ言葉を放つ。それが僕にとってのポエトリー・リーディングの原点です。表参道PLAYBILL、赤坂Huckleberry Finn、etc.. 1997年に初めてステージに立った頃に朗読をさせてもらった今となっては伝説的な書店とそこに集った人たちの記憶が蘇りました。

材木倉庫をリノベーションしたReadin' Writin' さんは、かつて朗読したそれらの店よりも広く天井も高いのですが、とても自然で柔らかく声が響く素敵な空間でした。

1. ANOTHER GREEN WORLD
2. スターズ&ストライプス
3. 名前
4. ケース/ミックスベリー
5. 永遠の翌日
6. Here's Where The Story Ends / The Sundays
**
7. 無題(薄くれない色の闇のなか~)
8. だから泣くなと言ったのに村田活彦
9. International Klein Blue
10. 新しい感情
11. Planetica(惑星儀)
12. We Could Send Letters / Aztec Camera

店名にちなんで、ザ・サンデーズの1stアルバム"Reading, Writing And Arithmetic" の2曲目"Here's Where The Story Ends" の歌詞を訳したのは、お店と店主に対するリスペクトを伝えたかったからです。

ラッパーFcrow氏、役者瀬戸口俊介氏、詩人道山れいん氏の演出で観客参加型のパフォーマンスを行った村田活彦さんの前半部分。複数者出演ライブの限られた時間枠でワークショップ要素を取り入れる難しさはありましたが、彼が毎回新機軸にチャレンジしてくれるおかげで、いつも通りにやっても僕のリーディングの前回や過去との違いが際立つ。そういう意味では悪くないコンビネーションなのかもしれません。

村田さんのアシスタント役も兼ねた道山れいん氏との二声朗読のグルーヴで僕の出番前の客席を温めてもらえたのも助かりました。夜中に水を撒く、オーイェー!

前回の清澄白河どうぶつしょうぎcafeいっぷくさんでふりだしに戻り、北北西に進んだ8回目の同行二人。来年は更に西に進むのか、それとも北へ? みなさんにとっても我々にとっても愉快な旅路でありますように!



2018年4月21日土曜日

ノラオンナ52ミーティング ~声とウクレレ~

夏日。レコードストアデイ。吉祥寺 STAR PINE'S CAFE で開催された『ノラオンナ52ミーティング ~声とウクレレ~』に行きました。ノラオンナさんが2004年に風待レコードからCDデビューした日、4月21日に毎年開催されるワンマンライブ。一昨年50歳になったのを機に会場がMANDA-LA2からSTAR PINE'S CAFEに移されました。

2016年の『詞集「君へ」 ~ノラオンナ50ミーティング~』、2017年『港ハイライト「抱かれたい女」リリースパーティ ”踊りませんか?”』は港ハイライトのメンバーにゲストミュージシャンを多数加えたフルバンド編成で魅惑のエンターテインメントを繰り広げましたが、今年は一転ひとりウクレレ弾き語りです。

というと原点回帰みたいなことになりますが、回帰どころか真の意味でクリエイティブかつ甘美なショータイム。魅了されました。

第一部は2014年のデビュー作『少しおとなになりなさい』全5曲と現時点の最新作である港ハイライト『抱かれたい女』から、歌詞の朗読とソプラノウクレレと歌。朗読によって浮彫りになる機微。この歌のこのフレーズは疑問形だったんだ! この連はここで句切れか! このシーンはこんなテンポ感なのか! という具合に何度も耳に馴染んだ曲が新しい意味合いで再生される。

二部は現在制作中の次回作『めばえ』全15曲をMCやインターバルを挟まず立て続けに惜しげもなく披露。テナーウクレレと歌声だけがそこで鳴っている。全編スキャットで構成されたアルバムタイトル曲「めばえ」が特に素晴らしかった。感傷的で神聖な響き。濃密な音空間。たったひとりで表現し続けること。音楽にうっとりしながらも、その覚悟に同じ舞台人として背筋が伸びる想いがします。

小西康陽さん。開場時は古い欧州映画のサウンドトラック、インターミッションにはオルタナティブなフレンチポップ、終演後は子供の合唱でThe Beach Boys "God Only Knows"。完璧な選曲とDJプレイでこのショーに美しい額縁を添えていました。