2017年3月18日土曜日

ひるね姫

ずいぶん春らしくなってきました。昼間の日差しがまぶしい。ユナイテッドシネマ豊洲神山健治監督作品『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』を観ました。

森川ココネ(声:高畑充希)は高校3年生。倉敷市児島、瀬戸大橋の見える高台で小さな自動車修理工場を営む無愛想な父親モモタロー(声:江口洋介)と二人で暮らしている。舞台は2020年の夏、東京五輪の直前。家でも教室でも居眠りばかりしているココネには決まって見る夢があった。

映画の冒頭10分は主人公の見る夢で「お、寅さん」と思う。ハートランドはすべての人が機械作りに携わっている国。その国に災いをもたらすという魔法の力を持つ王女エンシェンの冒険譚はロボットSFファンタジー。そして瀬戸内ののどかな島の女子高生の日常のパラレルワールド。父親の逮捕を機に、夢と現実の世界が交錯しはじめる。

キャラクター造形と動きの滑らかさが見事で、背景描写も美しく、アクションにもキレがある。夢と現実の世界がそれぞれ魅力的に描かれているところは高く評価できます。一方でふたつの物語が溶け合ってドライヴがかかる後半は、変化し続ける設定の複雑さを観客に伝えるには脚本の力が充分ではないように感じました。

高畑充希さんの抑えた演技。岡山弁のお芝居も達者ですが、達者すぎてときどき女子高生の台詞には聞こえないのが難点かも。エンドロールでご自身の歌う「デイドリーム・ビリーバー」は舞台ミュージカル出身の面目躍如。とても上手だし素敵です。もっと歌えばいいのに。

はじめて会った祖父に「人生は短い」と言われ、「人生って短いんだ」とおどろくココネ。ありそうでなかった会話で、この映画の一番の名場面だと思います。僕も18歳の頃、人生が有限なことは理性では認識していましたが、体感はしていませんでした。

 

2017年3月12日日曜日

ラ・ラ・ランド

毎年この時期になると、4月に生まれ、3月に亡くなった「埃っぽい春の野原」という名前の英国人歌手ダスティ・スプリングフィールドを思い出します。ユナイテッドシネマ豊洲デイミアン・チャゼル監督作品『ラ・ラ・ランド』を観賞しました。

女優志望のミア(エマ・ストーン)はハリウッドのフォックススタジオのカフェでバリスタのバイトをしている。ルームメイトたちと出かけたクリスマスパーティの最中に愛車プリウスがレッカー移動され、ひとり徒歩で帰り道、偶然耳にした音楽に引き寄せられて入った店。売れないジャズピアニストのセブ(ライアン・ゴズリング)はその店を解雇されたところだった。

タイトルバックに "Technicolor" の文字、総天然色シネマスコープの画面は、ハリウッドのミュージカル映画全盛期のテンプレートをこれでもかというぐらいなぞり、且つ最新のテクノロジーによって実現可能な最大の物量で、物語が進んでいきます。

アカデミー賞5部門を受賞し、多くの観客を魅了している映画ですが、数こそ多くないものの強く否定的な意見も聞きます。その背景には現在の米国社会、所謂ポスト・トゥルースに呼応したアートの保守化に対する反発があるのだと思います。

ミュージカルですから、リアリティよりもエンターテインメント、物語はご都合主義なほど楽しい、と僕なんかは単純に思うのですが、確かに浅いところはあります。セブがミアに「ジャズとは何か」と語る台詞には「そりゃまあそうだけど、それだけじゃないだろ」と思ったし、セブの自作曲の演奏は彼が神聖視しているビバップスタイルからは程遠い。

とはいえこの作品にあまり多くを背負わせるのもいかがなものかとは思います。2000年以降のミュージカル映画で『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は別としても、『シカゴ』『ジャージー・ボーイズ』『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』『舞妓はレディ』などと比較して突出して優るものでも劣るものでもありません。

むしろ「映画にとって音楽とは何か」ということを、『ラサへの歩き方』や『サバイバルファミリー』のように劇中音楽をまったく用いない映画を続けて観たこともあり、とても考えさせられました。現実生活における別れ話のサウンドトラックはファミリーレストランの有線放送だったりするわけで、そのときどきの感情を増幅する音楽が流れるのは明白な虚構であり、登場人物が突然歌い出すなんて尚更のこと。

それでもエマ・ストーンの真っ青で大きな瞳はブルーのミニドレスや同色のVネックニットに映えてヘヴンリィな美しさだし、カラフルで壮大なモブダンスやプラネタリウムの空中浮遊に心躍り、ラストシーンのオルタナティヴな選択肢を数十秒で見せるカットアップには痺れました。


 

2017年3月11日土曜日

DAVID BOWIE is | デヴィッド・ボウイ大回顧展

3.11。東日本大震災から6年が経った土曜日の朝、ゆりかもめとりんかい線を乗り継いで天王洲アイルまで。寺田倉庫G1ビルで開催中の『DAVID BOWIE is | デヴィッド・ボウイ大回顧展』に行きました。

2016年1月8日、69歳の誕生日に新譜 "★ (Blackstar)" をリリースし、その2日後に肝臓癌で亡くなったデイヴィッド・ボウイの生前2013年にロンドンの英国王立ヴィクトリア&アルバート博物館で開催されたレトロスペクティブの巡回展示です。

まず入場時にヘッドホンと受信装置が手渡されます。展示には "DAVID BOWIE is 〇〇〇" というチャプター毎のテーマがあり、映像や衣装や手書き歌詞の近くに立つと関連する音楽や音声コメントがヘッドホンから流れる仕組み。ロンドンの展示の紹介映画を昨夏観たので内容は把握していたのですが、実際に体験してみるとなかなか面白いものです。複数の人が同時に同じ音を聴いているのですが、会場の別の区域では異なる音が再生されている。

幼児期のポートレートは勿論、小学校の通知表、10代の頃に描いた舞台セットのパース、ベルリンで借りていたアパートメントの鍵、映画や舞台のポスターやパンフレット、相当なコレクター体質だったのだと思います。しかもファンが喜びそうなものが何かわかっていたのでしょう。

2013年であれば "DAVID BOWIE is" が現在形だったのに、もはや "DAVID BOWIE was" になってしまったなあ、と感慨に耽っていると、最後の部屋の壁の文字が "DAVID BOWIE is All Around You" と消され、"DAVID BOWIE is FOREVER NOW" に書き換えられている。最後の最後に全人類に向けたバースデーメッセージの動画で涙腺決壊した方も多いと思います。

数多く展示されているステージ衣装では、Ziggy StardustでもThin White Dukeでもなく、最も普段着っぽい "STAGE TOUR" の白いヘンリーネックシャツに一番ぐっときました。初めてリアルタイムで聴いたレコードが1978年のライブ盤"STAGE"だったので。

ライブ映像をランダムに流し続けている部屋では、1987年西ベルリンのライブから "Heroes"、BBC Top of the Popsの"The Jean Genie"、劇場版ジギー・スターダストの "Rock'n Roll Suicide" の3曲を聴き、"You're not alone/Gimme your hands cause you're wonderful" という声に背中を押されて会場を出ました。

あと、ずっと気になっていたFELTの2ndアルバム "The Splendour of Fear" のジャケ画の元ネタがアンディ・ウォーホル映画"Chelsea Girls" のポスターだとわかってすっきり。サンキュー、デイヴィッド。



2017年3月5日日曜日

マティスとルオー展

新橋に用事があったので、すこし早めに家を出て、パナソニック汐留ミュージアムで開催中の『マティスとルオー展』を観賞しました。

アンリ・マティスジョルジュ・ルオー。20世紀前半のフランスで活躍し、今も人気のあるふたりの画家はパリのエコール・デ・ボザール(国立美術学校)でギュスターヴ・モローに師事した同級生。育った境遇も作風も対照的ですが、生涯親交があり、数多くの書簡が残っています。

ふたつの大戦を超え、ふたりとも80代まで長生きしました。50年以上にわたるコレスポンダンス。若いうちは芸術論、離れて暮らすようになるとお互いや家族のことを、老境を迎え体調や健康法について。マティスの整った字体に対して、ルオーの手紙は溢れ出る感情そのままに行間や余白にどんどん書き足していくスタイル。

会場のパナソニック汐留ミュージアムは常設でもルオーのコレクションが充実していますが、今回の展示ではマティスの作品も数多く集めており、観応えがあります。ボードレールの『悪の華』に添えたふたりの挿画の振れ幅の大きさ。他にも時期を違えて同じテーマで描いた作品も多く、感応と差異を味わいました。

若い頃の僕は芸術に対して潔癖なところがあり、作家の人となりや作家同士の交流はノイズであり、知っていることはマイナスではないが、観賞や評価の際には排除すべき要素だと考えていました。おのれと作品との対峙にのみ真の芸術があるのだと(笑)。年を取ってよかったのはそういう無駄な気負いがなくなったことです。

自身は19世紀象徴主義の作家であり、おそらくはマティスやルオーらの新しい芸術に心底共鳴していたわけではない。それでも「私は君たちが渡っていくための橋だ」と言って背中を押したギュスターヴ・モローの懐の深さにも感心しました。


 

2017年2月18日土曜日

サバイバルファミリー

春一番の翌日は曇り空。白木蓮の花が咲きました。土曜日の午後、ユナイテッドシネマ豊洲矢口史靖監督作品『サバイバルファミリー』を観ました。

主人公(小日向文代)は中堅企業の経理部長、妻(深津絵里)と大学生の長男(泉澤祐希)、高校生の娘(葵わかな)の4人家族で中層マンションの10階に暮らしている。

ある朝目覚めたら、あらゆる電気製品が止まっていた。停電に加え、懐中電灯、スマホ、自動車など、電池駆動のものもすべて。徒歩で出勤するも仕事にならず会社も学校も自宅待機。1週間後、食糧は底をつき、自転車で妻の実家である鹿児島を目指す旅に出る。

一応はコメディ映画のイディオムに則ってはいるものの、腹の底から笑える箇所がほとんどないディストピア・パニック・ロードムービー。軽妙洒脱が売りの矢口監督作品としては演出が重たく、まるで山下敦弘監督の映画みたいにブルージィでオフビートな感覚です。

そのひとつの要素として「音」があると思います。電気が止まった都市はとても静かで、我々が普段いかに動力音や電子音に囲まれて暮しているかがよくわかります。それを強調するように、生活音や自転車の走行音などの人が立てる以外の音が徹底して排除され、サウンドトラックの弦楽アンサンブルが初めて画面に重なるのが、上映開始90分後。父親が自分たち以外の者を心配していることを告げる感動的なシーンです。

道中の救いは、時任三郎藤原紀香大野拓朗志尊淳の一家。雑草や昆虫を採取しながら、派手なサイクルウェアでロードバイクを軽快に駆り、休憩時にはトランプやボードゲーム、どんなに困難な状況であっても、むしろその困難を楽しもうという。

そして、路上における人間の最大の敵は「水」だな。と思いました。飲料水が入手困難で渇きに苦しむ、雨に打たれ体温を奪われる、増水した川に流される。一方で、清潔な井戸水にありつけたとき、数か月ぶりに入浴できたとき。人を幸せにするのも「水」。テクノロジーの重要な一側面は水の力を制御することか。人間の70%は水でできている、と言いますが、まさしくそういうことなんでしょうね。

最後の最後にニュース映像として停電の原因が示唆されますが、あれはしないほうがよかった。意味の分からない強大な力(もしくは無力)に翻弄される家族の姿を描いた映画だし、渦中においては原因を探究する余裕すらないわけですから。


 

2017年2月12日日曜日

あの街の猫の夢

晴天。2月に入って空の色が明るくなった気がします。銀座2丁目マロニエ通り、昭和通りを渡った先の左側、ギャラリー銀座で開催しているイラストレーター/装幀家佐久間真人さんの個展『あの街の猫の夢』の最終日にお邪魔しました。

くすんだセピア色の画面にはモダニズム建築や路面電車。ブリキの配管が縦横に走り、日が暮れるとセメントの階段に猫たちが集まってくる。ノスタルジックで物語性のある作風に惹かれ、年に一度の個展に足を運ぶようになって数年経ちます。

従来の作風に加え、最近のミステリ小説の装幀の仕事では、バウハウスロシア構成主義等、20世紀初頭を想わせる強い原色の組み合わせや、反対に水墨画のような繊細なタッチも。手書きの描線とデジタル処理を効果的に組み合わせた作品群を作者ご本人の解説と共に観賞しました。

原画やポストカードは購入したことがあるのですが、何かグッズを作ればいいのに、と思っていたところ、今回からブックカバーが投入されました。地元豊橋の2軒の個人書店とタイアップして、実在の書店名が架空の情景にしっくり馴染んでいる。それがまた人々の手に渡り色々な書籍を包み持ち運ばれる、と考えると幾層にも入れ子になって心躍ります。

佐久間さんご本人とも1年ぶりにご挨拶することができました。昨年購入した作品のことを気にかけてくださって。それはミステリ小説の表紙画で、矢で射られたコマドリが血を流している構図。食卓に飾って毎日眺めています。

ギャラリー銀座さんは残念ながら今年閉廊とのこと。来年また別の場所で佐久間さんと作品たちに会えることがいまから楽しみです。

 

2017年2月10日金曜日

CUICUIのUIJIN 〜 キューでキュイキュイ

小雪舞う金曜日の夜、下北沢へ。CLUB Queで開催された空前絶後のガールズバンドCUICUIのデビューライブ『CUICUI の UIJIN ~ キューでキュイキュイ』に行ってきました。

ロックとは初期衝動。しかも初ライブともなれば初期衝動の塊です。実力とキャリアのあるメンバーたちなので、これから続けていけばおそらく洗練されたり熟成されたりするわけですが、一度しかない今夜の彼女たちの輝きはとても眩しいものでした。

事前にネット公開されていたスタジオテイクはポップでカラフル。「彼はウィルコを聴いている」「リツイートする機械」という人を食ったような曲名。アナログシンセのチープな音色を活かし、たとえていうならば、元セックス・ピストルズグレン・マトロック(Ba)と元XTCバリー・アンドリューズ(Key)が参加したイギー・ポップの"SOLDIER" を超ガーリィにアップデートした感じ。

ライブでは一転して荒削りでハイテンションでノイジーなロックを聴かせる。第一印象はベースの音がデカい! でもその荒削りなところもアンバランスさも魅力に変えるフレッシュな勢いがあります。オフィシャルサイトをご覧いただければ判る通り、一応覆面バンドの体裁をとっていますが、覆面が緩くて(笑)。タイトル同様、どこか半歩ズレた天然な歌詞をベースのAYUMIBAMBIさんとキーボードのERIE-GAGAさんのツインボーカルであっけらかんとゴリ押しする。

新バンドですべて新曲。初披露された7曲は、NWONW、グランジ、ディスコ等々多彩なビートで、作り込みのクオリティが高いうえに、効果的に挿入されるGAGAさまのラップのライミングや、ギターソロが「恋はみずいろ」だったり、随所にユーモアのセンスが光ります。

そして静止画ではなかなか伝わりづらいかもしれませんが、赤ちゃんとおばあちゃんが同居したようなAYUMIBAMBIさんのキャラ、笑顔が超絶キュートで、年齢性別国籍を超えて愛されること必至。

共演のayumi melodyさんのウールライクな歌声、The Doggy Paddleはストレートエッジな8ビートのロンケンロー。THE ANDSマイブラを通過したGANG OF FOUR的な趣きの轟音も最高でした。